郎 もし、早く云つてください。早く……早く……。
權三 云ふよ、云ふよ。かうなつたら何でも云つて聞かせるよ。その男は……年頃は三十四五で、職人のやうな風體《ふうてい》で……。
彦三郎 職人のやうな風體でござりましたか。
助十 (權三に。)おい、おい。もうその位にして置くがいゝぜ。
六郎 やかましい、默つてゐろ。(權三に。)まだそのほかに何か目じるしは無かつたか。
權三 さあ。(躊躇する。)
六郎 (嚇《おど》すやうに。)これ、權三。なぜおれの前で隱し立てをする。正直に云はないとお前の爲にならないぞ。
おかん お前さん、なぜ隱してゐるんだねえ。をかしいぢやあないか。
權三 えゝ、もう自棄《やけ》だ。みんな云つてしまへ。(少し聲をひそめて。)夜目ではあり、そいつは頬被《ほゝかむ》りをしてゐたので、確なことは云へねえが、どうもそれが近所の奴らしいので……。
六郎 むゝ、近所の奴……。誰だ、誰だ。
權三 (思ひ切つて。)豐島町の裏にゐる左官屋の勘太郎によく似てゐたんですよ。
おかん まあ。あの人が……。
六郎 左官屋の勘太郎……。あいつによく似てゐたのか。これ、助十。どうでお前もかゝり合だから
前へ 次へ
全84ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング