押込み、外から垂簾《たれ》をおろす。おかんは不安らしく表をのぞいてゐると、路地の口より石子伴作は捕方《とりかた》の者ふたりを連れ、雲哲と願哲を先に立てて出づ。)
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伴作 左官の勘太郎は確かにこの裏にまゐつてゐるな。
雲哲 長屋の者と喧嘩をして居ります。
伴作 喧嘩をいたしてゐるか。
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(伴作はつか/\と進み來る。權三夫婦、助十兄弟は薄氣味惡さうにあとへ退る。)
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伴作 豐島町の左官屋勘太郎はいづれへまゐつた。
四人 え。(顏をみあはせる。)
伴作 こゝにまゐつてゐる筈ではないか。
權三 (曖昧に。)いえ、そんな者は……。
伴作 (雲哲等をみかへる)たしかに來てゐると申したな。
雲哲 はい。その勘太郎は……。
助十 (あわてて眼で制す。)その勘太郎は……。もう歸りましてございます。
伴作 (うたがふやうに。)歸つたか。
願哲 でも、たつた今までこゝにゐた筈だが……。
權三 なに、歸つたよ、歸つたよ。この通り、どこにもゐねえぢやあねえが。
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(雲哲と顧哲は不審さうにそこらを見まはしてゐると、駕籠のなかにて勘太郎が叫ぶ。)
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勘太郎 もし、お役人さま。勘太郎はこれに居ります。
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(權三、助十等はぎよつとする。)
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伴作 (捕方をみかへる。)それ。
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(捕方は駕籠の垂簾をあけて、勘太郎をひき出す。)
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伴作 この者にはだれが繩をかけた。
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(權三等はだまつてゐる。)
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伴作 御用によつて勘太郎を召捕りにまゐつたところ、先廻りをして誰が繩をかけた。
權三 では、勘太郎はお召捕りになるのでございますか。
伴作 昨日一旦ゆるして歸されたは、深い思召《おぼしめ》しのあることで、かれの罪状いよ/\明白と相成つて、再びお召捕りに相成るのだ。
助十 いや、さうでございましたが。(安心して。)實はわたくしが縛りました。
權三 わたくしも縛りました。
助八 わたくしも手傳ひました。
伴作 おゝ、さうであつたか。委細はあらためて申し聞かせる。(捕方に。)それ、引立てい。
勘太郎 おかまひないと申渡されたわたくしが、どうして二度のお繩を頂戴いたすのでございませうか。
伴作 兎《と》やかう申すな。尋常に立て、立て。
勘太郎 (強情に。)いえ、恐れながら申上げます。
捕方 えゝ、立て、立て。
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(伴作は先に立ち、捕方は無理に勘太郎を引立てて下のかたに去る。一同は呆氣《あつけ》に取られたやうにあとを見送る。)
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權三 なんだか狐に化かされたやうだな。
與助 やつぱり勘太郎はお召捕りになるのか。それといふのも、おれの大事の猿を殺した報《むく》いかも知れないぞ。
おかん いくら猿だつて無暗にひねり殺すやうな奴だもの、人間だつて殺し兼ねやあしないよ。
雲哲 さうだらうなあ、むやみにあいつに繩をかけて、どうなることかと心配してゐたが、これが過《あやま》ちの功名と云ふのかな。
願哲 かうなるとおまへ達はお叱りどころか、却つてお褒めにあづかるかも知れないぞ。
おかん お褒めにあづからないまでも、お叱りがなければ結構さ。お役人が來たと聞いた時には、わたしは本當にぞつとしたよ。
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(路地の口より家主六郎兵衞と彦三郎出づ。)
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おかん あら、大屋さんが歸つて來なすつた。
六郎 おゝ、みんなこゝにゐたか。まあ、まあ、めでたい、目出たい。わたしもこれで重荷をおろした。
彦三郎 みなさんのお蔭樣で、わたくしの本望もやうやく達しまして、こんな嬉しいことはござりません。
權三 本望が達したかえ。いや、それで判つた。今こゝへお役人が來て、勘太郎を召捕つて行きましたよ。
彦三郎 では、勘太郎はもう召捕られましたか。
助十 (自慢らしく)おれ達がふん縛つてお役人に引渡して遣つたよ。
六郎 いや、それは早手廻しであつた
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