勘太郎 なるほどお前さん達は江戸つ子だ。(又あざ笑ふ。)上方者《かみがたもの》の尻押しをして、江戸つ子にぬれ衣《ぎぬ》をきせるなぞとは、本當の江戸つ子でなければ出來ない藝だよ。
助十 やかましいやい。手前のやうな江戸つ子があるから、本當の江戸つ子の面《つら》が汚れるのだ。こんなものは持つて歸れ。(角樽を投げ出す。)
勘太郎 おまへさん達はあやまつてゐるのか、喧嘩を賣るのか。
權三 もう斯うなりやあ喧嘩だ、喧嘩だ。
おかん まあ、お前、お待ちよ。
權三 えゝ、牢へ入れられようが、首が飛ばうが構はねえ。こんな野郎は半殺しにして遣《や》らなけりやあ氣が濟まねえのだ。
おかん また喧嘩を始めちやあいけない。お止《よ》しよ。止しておくれよ。
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(おかんは頻りに權三を支へる。)
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勘太郎 近いうちにお咎めがあると思つて、みんな自棄になつてゐるのか。そんな病犬《やまいぬ》の相手になつて、折角明るくなつた體をもう一度暗いところへ遣られては堪らない。はゝゝゝゝ。
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(勘太郎は笑ひながら下のかたへ行きかゝると、助十は無言で飛びかゝつて、勘太郎の横面をなぐる。)
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勘太郎 えゝ、なにをしやあがるのだ。氣ちがひめ。
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(勘太郎は又もや人相を一變して、左右を睨む。)
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勘太郎 おとなしくしてゐりやあ増長しやあがつて、好加減にしろ。豐島町の勘太郎を知らねえか。この大哥《あに》さんと喧嘩をするなら、からだの骨から鍛へて來い。
助八 こつちは生きてゐる人間だ。猿の喉を絞めるのとは譯が違ふぞ。
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(助八は勘太郎にむしや振り付けば、勘太郎は突き退ける。助十は又むしやぶり付く。權三も留められるのを振切つて飛びかゝる。三人は遂に勘太郎をねぢ倒して袋叩きにする。)
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權三 おい、與助。こいつはおめえの猿のかたきだ。みんなと一緒になぐれ、なぐれ
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