いて騷ぐ。大屋さんも氣の毒がつて色々世話を燒いてやる。それに釣り込まれてわつし等もついうつかりと詰まらねえことを饒舌《しやべ》つたもんだから、今さら拔きさしもならねえやうな羽目になつてしまつて、たうとうお奉行所まで引張り出されるやうなことになつてね。
勘太郎 (冷かに。)いや、それは大抵知つてゐますよ。その節は色々御心配をかけました。
助十 まあ、さう云はねえで、一通りは聽いておくんなせえ。何もわつし等だつて確かに見とどけたと云ふわけぢや無し、ほんの夜目遠目でちらり[#「ちらり」に傍点]と見ただけのことだから、正直にその通り云ふ筈だつたのが、御白洲へ出て曖昧な事を云つちやあならねえ、何でもはつきり[#「はつきり」に傍点]と物をいへと大屋さんが云ふもんだから、物の間違ひが自然と大きくなつて、お前さんにも飛んだ御迷惑をかけてしまひました。今となつちやあ、わつし等もまつたく後悔してゐるんですから、どうかまあ料簡しておくんなせえ。
おかん ほかの事とは譯が違つて、まつたく料簡の爲《し》にくいことでせうが、わたくし共が打揃つて幾重にもお詫をいたしますから、どうぞ御勘辨なすつて下さいまし。
勘太郎 (しづかに。)さうめい/\に御挨拶にやあ及びません。腹を立つてゐるくらゐなら、こんな物を持つてわざ/\お禮に來やあしませんよ。(やゝ皮肉らしく。)つまりはわたしの身状《みじよう》が惡いからで……。左官屋の勘太郎は泥坊でもしさうな奴だ、人殺しでもしさうな奴だと、不斷からおまへさん達に睨まれてゐるので、自然こんなことになつたのですよ。
權三 いや、さう云はれると、いよ/\穴へでも這入りたくなるが、そこをまあ勘辨しておくんなせえ。
助十 これに懲《こ》りてこの後は、決して他人樣《ひとさま》の噂なんぞはしませんから、今度のところだけは何分勘辨して……。
勘太郎 まあ、同じことを幾度も云はないでもいゝ。なにしろ私はお禮に來たのだから、素直にこれを納めてください。わたしの持つて來た酒だからと云つて、まさかに毒が這入つてゐるわけでもないから。
助八 (むつとして。)おい、勘太郎さん。飛んだ人違ひをしてお前さんに迷惑をかけたのは重々こつちが惡い。それだから權三も、兄貴も、この通り平あやまりに謝まつてゐるぢやあねえか。それにおめえは男らしくもねえ。堪忍するなら堪忍する、堪忍しねえなら堪忍しねえと、なぜ
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