《あつけ》に取られたやうに眺めてゐると、與助は猿の死骸をかゝへて泣き出す。)
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與助 おゝ、猿めが死んだ、死んだ。
雲哲 死んだ、死んだ。
おかん まあ、可哀さうだねえ。
勘太郎 いや、これはわたしが惡かつた。猿は死にましたか。
與助(泣く。)死にました、死にました。
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(勘太郎は紙入から金三枚を取出し、紙にのせて出す。)
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勘太郎 なにしろ猿めが無暗に飛びついて來るので、わたしも夢中になつて飛んだことをしてしまひました。お前さんの商賣道具をなくなした償《つぐな》ひと、云つては少いかも知れないが、これでまあ堪忍してください。
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(與助はだまつて泣いてゐる。)
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雲哲 (與助のそばに寄る。)商賣道具の猿を殺されては、おまへも定めて困るだらうが、三兩といふ金があれば又どうにかなる。
願哲 これも災難とあきらめて、我慢しなさい。我慢しなさい。
與助 幾年も馴染んだ此の猿を金にかへられるものか。(又泣く。)
雲哲 さう云つても今更仕樣がない。(勘太郎の手より金を受取る。)さあ、これで代りの猿を買へばいゝのだ。
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(雲哲と願哲は與助に金をわたし、なだめながら助十の家の縁の方へ連れてゆく。與助は猿をかゝへて泣いてゐる。)
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勘太郎 わたしはなぜこんな手暴《てあら》いことをしたか。くれ/″\も堪忍して下さい。あゝ、これで肴《さかな》も臺無しになつてしまつた。まあ、酒だけでも納めて貰ひませう。
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(勘太郎は落ちてゐる鯣を足にて蹴飛ばす。このあひだに權三と助十は眼で知らせ合ひ、形をあらためて勘太郎のまへに出る。)
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權三 もし、勘さん。どうも何とも申譯がありません。この長屋にゐた彦兵衞のせがれが大坂からわざ/\下つて來て、おやぢの無實を訴へると云つて泣
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