違へば相長屋一同が迷惑することになるだらう。
願哲 さうだ、さうだ。皆ながどんな迷惑を被《き》ることになるかも知れないから、駈落なんぞは止して貰ひたいな。
與助 それもうまく逃げ負《おほ》せればいゝが、途中で捉《つか》まつたが最後、罪はいよ/\重くなるばかりだ。
助十 それもさうだな。ぢやあ、まあ大屋さんの歸るまで、おとなしく待つとしようか。
助八 大屋さんが歸つて來たら、もう間にあふめえぜ。
與助 いや、駈落はよくないよ。
おかん それぢやあ何うすればいゝのさ。
與助 それはわたしにも判らないが、なにしろ困つた事が出來たものだ。
助十 おれたちはあの彦三郎の尻押しをして、大屋の家へあばれ込んだと云ふことになつてゐるんだからな。
權三 おまけにその勘太郎が人違ひと來た日にやあ、どう考へても無事ぢやあ濟むめえ。
助十 こりやあやつぱり駈落だ。
與助 いけない、いけない。
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(與助と雲哲、願哲は助十を支へてゐる。下のかたの路地口より左官屋勘太郎、三十二三歳、身綺麗にいでたち、角樽《つのだる》と鯣《するめ》をさげて出づ。)
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雲哲 あ、勘太郎が來た。
與助 なに、勘太郎が來た。
願哲 ほんたうに來た、來た。
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(人々は顏をみあはせ、權三と助十は思はずあとへ退る。勘太郎は何氣なく一同に挨拶する。)
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勘太郎 みなさん、急にお涼しくなりました。
與助 (なんだか氣の毒さうに。)朝晩はめつきりと涼風《すゞかぜ》が立つて來ました。
勘太郎 御近所に居りながら、つい/\御無沙汰ばかり致して居ります。
與助 はい、はい。おたがひ樣で……。
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(人々は勘太郎のこゝろを測《はか》りかねて、不安らしく眺めてゐる。)
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勘太郎 駕籠屋の權三さんと助十さんの家はここでございますね。
おかん (もぢ/\しながら。)はい、はい。
助八 (度胸を据ゑて進み出づ。)そつちが權三、こつちが助十の家ですが、なんぞ御用ですかえ。
勘太郎 とき/″\錢湯でお目に
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