までもねえ。どうで所拂《ところばら》ひか追放にでもなる奴等だから、お慈悲で當分歸してくれたのだ。手前達は知らねえのか、左官屋の勘太郎はきのふの夕方、無事に歸されて來たぞ。
助十 (おどろく。)え、ほんたうか。
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(權三もびつくりして出て來る。)
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權三 おい、おい。ほんたうか、本當か。
おかん 本當に勘太郎は歸されたのかえ。
助十 そりやあ些《ちつ》とも知らなかつた。(又かんがへて。)やい、手前。おれ達をかつぐのぢやあねえか。
助八 (すました顏で。)まあ、かれこれ云ふことはねえ。論より證據だ。豐島町へ行つて勘太郎の家を覗いてみろ。今ごろは鼻唄で祝ひ酒でも飮んでゐらあ。
權三 こりやあ驚いたな。どうしたのだらう。
おかん やつぱり人違ひだつたのかねえ。
雲哲 なるほどさう云へば、お奉行所からの差紙《さしがみ》で、大屋さんと彦三郎さんは今朝早くから數寄屋橋へ出て行つたさうだ。
助十 ふむう。(權三と顏をみあはせる。)
與助 大屋さんの話では、左官の勘太郎といふ奴は不斷から身持のよくない男で、本職の鏝《こて》よりも賽《さい》ころを持つ方を商賣にしてゐる。さうして、丁度去年の暮頃から博奕《ばくち》に勝つたと云つて、急に身なりを拵《こしら》へたり、酒を飮んだり、女を買つたりして遊びあるいている。いや、まだそればかりでなく、馬喰町の女隱居の殺された晩にも、あいつは夜が更けてから歸つて來て、木戸を叩いて竊《そ》つと入れて貰つたといふことだ。
おかん そのほかにも色々怪しいことがあるから、どうしても勘太郎の仕業に相違ない。今度の一件も十に九つはこつちの物だと、大屋さんも大變よろこんでゐなすつたのだが、どういふわけでそれが急に引つくり返つてしまつたのかねえ。
願哲 流石《さすが》の大屋さんも今朝はよつぽど苦勞ありさうな顏をして出て行つたといふから、どうもむづかしいのかも知れないな。
與助 八さんのいふ通り、勘太郎がゆうべ歸されて來たのが論より證據だ。
おかん 困つたことになつたねえ。(權三に。)おまへさん。どうするえ。
權三 どうすると云つて……。おれも面喰《めんくら》つてしまつた。おい、助十。どうも困つたな。
助十 まつたく困つたな。だからおれが止せといふのに、手
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