ひぢん》で、なんだか武者震《むしやぶる》ひがして來たようだ。
權三 大將の大屋さんが顫《ふる》へ出しちやあ困るぜ。
助十 どうぞしつかりお頼み申しますよ。
六郎 なに、大丈夫。さあ、威勢よく出陣だ。
彦三郎 皆さん、おねがひ申します。
權三 さあ、繰出《くりだ》せ。
助十 くり出せ。
[#ここで字下げ終わり]
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(六郎兵衞は先に立ち、助八と雲哲は彦三郎をのせたる駕籠をかきあげると、雲哲は又よろける。助八も一緒によろける。權三と助十は願哲と與助に繩を取られてゆく。おかんは不安らしく見送る。石町《こくちやう》の夕七つの鐘きこゆ。)
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]――幕――

  第二幕

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前の場とおなじ道具。權三と助十の家。第一幕より一月ほど後の朝。
(權三の家では、權三とおかんが酒の膳を前にして、夫婦喧嘩をしてゐる。)
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[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
權三 (片肌ぬいで。)やい、やい、この阿魔《あま》。叩つ殺すからさう思へ。
おかん さあ、殺せるなら殺して御覽。いくら自分の女房でも、横町の黒や斑《ぶち》を殺したのとは譯が違ふからね。おまへさんも勘太郎の二代目になりたいのかえ。
權三 なに、勘太郎の二代目だ。おれがいつ人殺しをした。
おかん 現在あたしをぶち殺さうとしてゐるぢやあないか。勘太郎は赤の他人を殺したんだが、おまへは自分の連れ添ふ女房を殺さうといふのだから、なほ/\罪が深いよ。
權三 べらぼうめ。手前なんぞは横町の黒や斑と大した違《ちげ》えがあるものか。黒や斑はおれの顏をみると、尻《し》つ尾《ぽ》をふつて來るだけも可愛らしいや。
おかん 尻つ尾をふつて來るどころか、あたしなんぞはこんな家へ來て、女房の役からお爨《さん》どんの役まで勤めてゐるんぢやあないか。それでも可愛くないのかよ。一體おまへだの、隣の助十だのといふ奴を唯置くといふ法があるものか。このあひだの時に牢屋へでも投《はふ》り込んでしまへばいゝものを、町内預けにして無事に歸してよこしたお奉行樣の氣が知れないねえ。
權三 あのときに手前は一粒十六|文《もん》といひさうな涙をこぼして、おい/\泣きやあがつたのを忘れたか。おれが町内あづけになつて、無事に歸《けえ》つて來た顏をみると、手前は又むやみに喜んで、子
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