勘太郎の仕業であらうと存じますと、はつきり[#「はつきり」に傍点]云ふのだ。(考へて。)彦三郎さんは大丈夫だらうが、おまへ達にそれが出來るか。
權三 出來ても出來ねえでも仕樣がねえ。今も嚊《かゝあ》に云はれた通り、一つ長屋の彦兵衞さんが繩附きになつて出て行くのを知つてゐながら、今まで默つてゐたのはどうも良くねえ。實はわつしも内々は氣が咎《とが》めて、なんだか寢ざめが好くなかつたのだから、その罪ほろぼしに出來るだけ遣つてみませうよ。
彦三郎 なにぶんお願ひ申します。(助十に。)おまへさんにも宜しくお頼み申します。
助十 まあ、心配しなさんな。かう見えても江戸つ子の神田つ子だ。自棄《やけ》のやん[#「やん」に傍点]八で度胸を据ゑた日にやあ、相手が大岡樣でもなんでも構はねえ、云うだけのことは皆んなべら[#「べら」に傍点]/\云つて遣らあ。細工は流々《りう/\》、仕上げを御覽《ごらう》じろだ。
權三 おや、おや、手前は急に強くなつたぜ。變な野郎だな。
六郎 だが、まあ、強くなつた方は結構だ。その勢ひで皆んな縛られてくれ。
おかん (かんがへる。)縛られて行つて、すぐに歸して下さるでせうかねえ。
六郎 それは受合へない。町内あづけとでも來れば占《し》めたものだが、吟味中は一先づ入牢《じゆろう》といふことになるかも知れないな。
おかん あら、牢に入れられるの……。(泣き出す。)お家主さん。それぢやああんまりぢやあありませんか。罪もない内の人を牢へ入れて……。若しいつまでも歸されなかつたら、お前さんどうしてくれるんですよ。
助八 吟味中は入牢なんていふことになると、兄貴もちつと可哀さうだな。もし、大屋さん。兄貴の身代りにわつしを縛つて行つてくれませんかね。どうせ拵《こしら》へ事なら兄貴でも弟でも構ふめえ。わつしの亂暴は世間でも皆んな知つてゐるんだから、わつしが暴れたといふ方が却つて本當らしいかも知れませんぜ。
六郎 だが、その晩のことを詳しくお調べになつたときに、本人でないと申口《まをしぐち》が曖昧になつていけない。やつぱり兄貴を縛るより外はないな。
助八 (助十の顏をのぞく。)兄い、おめも好いかえ。
助十 いゝよ、いゝよ。大丈夫だ。
助八 だが、どうもおれを遣つた方がよささうだな。大屋さん、どうしてもいけませんかえ。
六郎 まあ、まあ、さう案じることはない。(おかんに。)おまへ
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