に合はねえ、そいつをこゝへ追つ放して、片っ端から引つ掻かして遣るのだ。
おかん (おどろく。)あれ、馬鹿なことをお云ひでないよ。呆《あき》れた人だねえ。
雲哲 惡巫山戲《わるふざけ》はいけない、いけない。(起ちあがる。)
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(助八は猿を取らうとする。與助は遣るまいとする。この爭ひのあひだに助八は又引つかゝれる。)
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助八 あ、こん畜生め、又遣りやあがつたな。もういよ/\料簡《れうけん》がならねえ。うぬ、生膽《いきぎも》を取った上で、兩國《りやうごく》のもゝんじい[#「もゝんじい」に傍点]屋へ賣飛ばすからさう思へ。
與助 えゝ、人の商賣物をどうするのだ。
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(助八と與助は爭つてゐるところへ、上のかたより助八の兄助十、三十歳前後、これも鉢卷、刺青のある肌ぬぎ、尻端折《しりはしよ》りの跣足にて出づ。)
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助十 やい、やい。なにを騷いでゐるのだ。煙草休みも好い加減にしろ。いつまでもこんな泥仕事をしちやあゐられねえ。日の暮れねえうちに早く濟して仕舞はなけりやあならねえのだ。みんなも精出して遣つてくれ。大屋さんに叱られるぞ。
與助 大屋さんに叱られては大變だ。さあ、行きませう。
雲哲 さうだ、さうだ。
願哲 やれ、やれ、又一と汗かくかな、
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(與助と雲哲、願哲は上のかたに去る。)
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助十 (おかんに。)おい、かみさん。おめえの宿六《やどろく》はどうしたね。
おかん 奧に寢てゐますよ。
助十 冗談ぢやあねえ。一年に一度の井戸がへだから、長屋中の者がみんな商賣を休んで、かうして泥だらけになつて働いてゐるんぢやねえか。その最中に自分ひとり悠々《いう/\》緩々《くわん/\》と寢そべつてゐる奴があるものか。あんまりお長屋の義理を知らねえ狸野郎の横着野郎《わうちやくやろう》だ。ぬす人のひる寢も好加減にしろと云って、早く引摺《ひきず》り起して來い。
おかん (むつとして。)何もそんなに呶鳴《どな》り散らさなくつてもいゝぢやありませんか。亭主の代
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