があるものか。お祭が通るのぢやあねえ。早く出て來い。こいつ等、出て來ねえと唯は置かねえぞ。
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(助八は寄らうとすると、與助の猿はその頭髻《たぶさ》をつかんで引く。)
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助八 えゝ、だれだ、誰だ。惡ふざけをしちやあいけねえ。止せ、よせ。
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(助八は猿に引かれながら、上のかたに入る。)
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權三 (笑ふ。)はゝ、好い觀《み》せ物だぜ。
おかん あいつはさつきも猿に引つかゝれたんだよ。
權三 あんな奴等は猿を相手に、きやつ[#「きやつ」に傍点]/\と云つてゐるのが丁度相富だ。
おかん ほんたうに猿芝居の役者だねえ。
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(夫婦は笑つてゐる。やがておかんは氣がついたやうに上のかたを見かへる。)
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おかん お長屋の人達がみんな出てゐるのに、中途から拔けてしまふのも何だから、せめてあたしだけでも行つて來ようかねえ。
權三 なに、打つちやつて置けといふのに……。ぐづ[#「ぐづ」に傍点]/\云ふのは助の兄弟ぐらゐのものだ。ほかにも文句をいふ奴があつたら、どいつでもおれが相手になつて遣《や》らあ。長屋中が束《たば》になつて來ても、びく[#「びく」に傍点]ともするもんぢやあねえ。矢でも鐵砲でも持つて來いだ。
おかん でも、大屋さんに叱られると困るぢやあないか。
權三 むゝ。(少し考へる。)去年もさん/″\膏《あぶら》を取られたつけな。
おかん それ、御覽な。ほかの奴はどうでも構はないけれど、大屋さんの心持を惡くするといけないからねえ。
權三 だが、大屋さんは善い人だ。まさかに店立《たなだ》ては食はせるとも云ふめえ。
おかん 善い人だけに、こつちでも其のつもりで附合はなくちやあ惡いよ。
權三 さうかなあ。(又かんがへる。)ぢやあ、いつそおれが行つて來ようか。(起ちかけて又かんがへる。)だが、これからのそ[#「のそ」に傍点]/\出て行くと、なんだか助の野郎におどかされたやうで、ちつと癪《しやく》だな。おれはまあ止さう。おめえも止せよ。
おかん 止
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