せいか、十二時ごろになると次第に薄ら眠くなって来た。きょうも暑い日であったが、更《ふ》けるとさすがに涼しい夜風が雨戸の隙間から忍び込んで来る。それに吹かれながら、父は縁側の柱によりかかって、ついうとうとと眠ったかと思うと、また忽ち眠りをさまされた。例の空地の草むらの中で、犬のけたたましく吠える声が聞えるのであった。つづいて女の悲鳴が又きこえた。
雨戸をあけて、父は庭先へ跳り出た。ゆうべの経験によって今夜は提灯を用意して行ったのである。片手には提灯、かた手には木の枝を持って、四目垣をまわって駈けていくあいだにも、犬は狂うように吠えたけっていた。その声をしるべにして、父は草むらをかき分けて行くと、犬は提灯の光りをみて駈けよって来た。
その当時、英国の公使館が私の家の隣りにあって、その犬は何とかいう書記官の飼い犬である。犬は毎日のようにわたしの庭へも遊びに来て、父の顔をよく知っているので、今この提灯を持った人に対しては別に吠え付こうともしなかったが、それでも父の前に来て子細ありげに低く唸っていた。父は犬にむかって、手まねで案内しろといった。犬はその意をさとったらしく、又もや頻りにそこらを
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