た。
「もう思い切って今夜は止めよう。」
父は第三の穴をはいあがって家へ引っ返した。すすきの葉で足や手さきを少し擦り切っただけで、別に怪我というほどの怪我はしなかったが、三度もおとし穴に落ちたのであるから、髪の毛にまで泥を浴びていた。父は素裸になって、井戸端で頭を洗い、手足を洗った。
「まったく狐の仕業かも知れませんね。」と、母は言った。
父ももう根《こん》負けがして、そのままおとなしく蚊帳のなかにはいった。しかもかの女のことがどうも気になるので、夜の明けるまでおちおちとは眠られなかった。
夜は明けても今朝は一面の深い靄《もや》が降《お》りていて、父の探索を妨げるようにも見えた。それが晴れるのを待ちかねて、父は身ごしらえをして再びゆうべの跡をたずねると、草ぶかい空地のまん中から少しく西へ寄ったところに、第一の穴を発見した。それが最初にころげ込んだ穴であることは、片足の草履が落ちているのを見て証拠立てられたが、そこに女のすがたは見えなかった。それからそれへと探しまわると、五百坪ほどの空地のうちに都合九カ所の穴が掘られていることが判った。そのうちの二カ所は遠い以前に掘られたものらしく
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