駈け廻っているので、父もそのあとに付いて駈けあるいていると、犬はひとむら茂るすすきの下へ来て、前足ですすきの根をかきながら又しきりに吠えた。急いで近寄って提灯を差し付けると、そこにも一つの穴があって、その穴から一人の大男があたかも這い上がって来た。
よく見ると、それは公使館付きの騎兵で、今は会計係か何かを勤めているハドソンという男であった。彼は手にピストルを持っていた。
「今夜は犬がひどく吠えます。」と、ハドソンは明快な日本語で言った。「わたくし見まわりにまいりました。こちらの藪のなかに人が隠れておりました。その人は穴を掘っております。わたくし取押えようとしますと、その人逃げました。わたくし穴に落ちました。」
「その人、男ですか、女ですか。」と、父は訊いた。
「暗いので、それ判りません。」と、ハドソンはからだの泥を払いながら答えた。
二人はしばらく黙って露の中に突っ立っていた。犬はまだ低くうなっていた。ハドソンはおそらく泥棒であろうといったが、泥棒がなぜ幾つもの穴を掘るのか、それが解きがたい謎であった。
あくる朝になって父は再び空地を踏査すると、なるほど新しい穴がまた一つふえていた。ハドソンの落ちたのは古い穴で、彼はそんな穴が幾つも作られていることを知らないで、一昨夜の父とおなじような目にあったのである。
三
何者がなんのためにここへ来て、根《こん》よく幾つもの穴を掘るのか、父はいよいよその判断に苦しめられた。そこで、ハドソンと相談して、今夜はふたりが草むらの中に隠れている事にすると、年の若い英国の騎兵はこの探検に興味を持っているらしく、宵のうちから草むらに忍んでいて、なにかの合図には口笛を吹くといった。しかも十時を過ぎる頃まで彼の口笛はきこえなかった。家内の者を寝かしてから、父も身支度して空地へ出張したが、今夜は風のない夜で、草の葉のそよぐ音さえも聞えなかった。二人は夜露にぬれながら徒《いたず》らに一夜をあかした。
「奴等《やつら》も警戒して迂濶に出て来ないのだろう。」と、父は思った。第一の夜には父に追われ、第二の夜には犬に追われ、かれらも自分たちの危険をおもんぱかって、ここへ近寄ることを見合せたのであろう。常識から考えても、そうありそうなことである。
ハドソンはその後三晩も張番をつづけたが、遂になんの新発見もなかった。父は夜露に打たれた為
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