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(醫者は供の男と共に向うへ去る。お作はそのあとを見送り、更に枝折戸の外より内をうかゞふ。鶯の聲。)
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お作 御免下さりませ。
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(半二は見返らず、一心に書きつづけてゐる。)
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お作 (再び呼ぶ)御免くださりませ。
おきよ (奧より出づ)おゝ、お出でなされましたか。どうぞこちらへ……。
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(お作は内に入る。)
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おきよ (半二に)お作さんがお出でなされました。
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(半二はやはり默つてゐる。お作は打つちやつて置けと眼で知らすれば、おきよはそこにある茶碗を片附けて奧に入る。お作は無言にて持參の桃の花を床の間に生ける。)
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半二 (初めて氣がつく)おゝ、お作どの……いつの間にか來てゐたな。
お作 御氣分は如何でござります。
半二 どうも良くないやうだ。いや、良くないのが本當らしい。(床の間をみる)桃の花を持つて來てくれたか。おゝ、見事に咲いてゐる。(違ひ棚を指す)やがて三月の節句が來るので、子供のない家でも雛を飾つた。
お作 (雛を見る)よほど古いお雛樣のやうでござりますな。
半二 それは十二三年前に染太夫から貰つたのだが……。いや、それで可笑《をか》しい話がある。染太夫がその雛人形をくれると、それから間もなく私が「妹脊山《いもせやま》」を書いて、染太夫は春太夫と掛合ひで三の切《きり》の吉野川を語ることになつた。妹脊山の屋形《やかた》は三月の雛祭で雛鳥が人形の首を打ち落す。その本讀みが濟むと、染太夫め、わたしの傍へ來て、にや/\笑ひながら、先生、わたしが雛人形を差上げたばつかりに、飛んだ御返禮を頂戴しました。これは實にむづかしい語り場ですと、頻《しき》りに頭をおさへてゐたよ。はゝゝはゝゝ。
お作 あの「妹脊山」の淨瑠璃は近年の大當りであつたと、わたしも子供のときから聽いて居りました。去年も竹田の芝居で「妹脊山」が又出るといふので、わざ/\大阪まで見物にまゐりましたが、今度もやはり大層な評判でござりました。
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