分に頼まれたということが、彼に取っては一生の面目のようにも思われた。たとい信西入道がなんと言おうとも、かならず取りすがってこの役目を果たして来なければならないと、彼ははりつめた心持で夜の来るのを待っていた。
 都の寺《てら》でらの鐘が戌《いぬ》の刻(午後八時)を告げるのを待ち侘びて、千枝太郎は土御門《つちみかど》の屋敷を忍んで出ると、八月九日の月は霜を置いたように彼の袖を白く照らした。
「千枝太郎どの。千枝ま[#「ま」に傍点]」
 柳のかげから女の声がきこえた。それは彼が信西入道の屋敷の前まで行き着いた時であった。その声には確かに聞き覚えがあるので、彼は大地に釘づけになったように一旦は立ちすくんだが、聞かない顔をして一生懸命に歩き出そうとすると、その直衣《のうし》の袂はいつか白い手に掴まれていた。
「千枝太郎どの、なぜ逃げる。つれない人じゃ」
「いや、わしは急ぎの用がある」
 振り切ろうとしても玉藻は放さなかった。
「なんの用かは知らぬが、お前たちは慎みの身の上じゃ。勝手に夜歩きなどしても苦しゅうないか」
 千枝太郎は行き詰まった。勿論、まだ表向きには謹慎も蟄居も申し渡されてはいないの
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