は兄の殿への義理で、暮れ方までは辛抱せられた。左大臣どのも信西入道も我らには苦手じゃ。あの鋭い眼でじっと睨まれると、なにやら薄気味悪うなって身がすくむようじゃ。ははははは」
また一人の男が高く笑い出すと、兼輔はだるそうな眼をして半分起き直った。
「ほんにそうじゃ。さっきも……」
と言いかけて彼はまた俄に口をつぐんだ。妬みぶかい男や女が大勢|列《なら》んでいるところで、うかつに先刻の秘密は明かされないと思った。まだ寄るべも定まらない池の玉藻を、あっぱれ自分の手にかき寄せたという強い誇りが彼の胸に満ちていながらも、さすがにまだそれを発表する時機ではないと、彼は無理に奥歯で噛み殺していた。
「さっきもどうなされた。お身さまも何か叱られたか、睨まれたか」と、彼に膝枕をかしていた女が、薄い麻紙で口紅をぬぐいながら訊いた。
「いや、別に何事もなかったが、庭先きでふとすれ違うたので、早々に逃げて来た」と、兼輔は笑いにまぎらせた。
そう言いながらも気にかかるので、彼は伸び上がって座敷の隅々を見渡したが、玉藻らしい女の影はやはりどこにも見えなかった。彼はまた一種の不安を感じはじめた。何者かが彼女を小蔭へ誘い出して、自分と同じように恋歌の返しを迫っているのではないかとも疑われた。彼はもう一度庭へ出てみたくなったので、いい加減に座をはずして立とうとすると、あいにくにその鼻のさきへ一人の大男が瓶子《へいし》と土器《かわらけ》とを両手に持って来た。
「左少弁、どこへゆく。実雅《さねまさ》の杯じゃ。受けてたもれ」
彼はそこにどっかと坐った。彼は少将実雅という酒の上のよくない男であった。兼輔は迷惑そうに頭《かぶり》を振った。
「もうかなわぬ。免《ゆる》してたもれ」
「そりゃ卑怯じゃぞ」と、実雅は無理に土器を突きつけた。「お身この酒を飲まぬとあらば、その罰としてわしがこの瓶子を飲みほすあいだに、歌百首を詠み出してお見やれ」
「いや、歌も詩も五も六ない。この通りに酔うては、唯もう免せ、ゆるせ」と、兼輔はわざとおどけた身振りをして蛙のように床へ手をついた。
「ほう、実雅の前で詫ぶるというか。まだそればかりでは免されぬ。お身、ここで、白状せい」
兼輔はひやりとした。その慌てたような顔をじっと睨みつけて、実雅はのけぞるばかり胸を突き出してあざ笑った。
「どうじゃ、白状せぬか。お身は先程あの川端で
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