ない身の上で、介抱の娘を手放してはいささか難儀じゃと思うたが、第一にはあれの出世にもなること、ひいてはわしの仕合わせにもなることじゃで、思い切って出してやった。行く末のことは判らぬが、一度御奉公に召されたからは五年十年では戻られまい。そなたも藻とは久しい馴染みじゃ。娘の出世を祝うてくりゃれ」
 千枝松はもう返事が出なかった。聞くだけのことを聞いてしまって、彼はすぐに外へ出ると、門の柿の梢には鴉のついばみ残した大きい実が真っ紅にただれて熟して、その腐った葉が時どきにはらはらと落ちていた。彼は陰った眼をあげてその梢をみあげているうちに、熱い涙が頬を伝って流れ出した。
 藻は自分を捨てて奉公に出てしまった。五年十年、あるいはもう一生戻らないかもしれない。それを思うと、彼はむやみに悲しくなった。来年から一人前の男になって烏帽子折りのあきないに出るという楽しみも、藻というものがあればこそで、その藻が鳥のように飛んで行ってしまって、再び自分の籠《かご》には戻らないと決まった以上、自分はこの後になにを楽しみに働く。なにを目あてに生きてゆく。千枝松はこの世界が俄に暗黒になったように感ずると同時に、まだほんとうに癒り切らない病いの熱がまた募ってきた。彼の総身《そうみ》は火に灼《や》かれるように熱くなった。彼は息苦しいほどに喉がかわいてきたので、隣りの陶器師のうちへ転げ込んで一杯の水を飲もうとしたが、翁の留守を知っているので、さすがに遠慮した。彼は杖を力にして近所の川べりへさまよって行った。
 ここは藻と一緒にたびたび遊びに来た所である。このあいだも十三夜のすすきを折りに来た所である。二人が睦まじくならんで腰をかけた大きい柳はそのままに横たわって、秋の水は音もなしに白く流れている。千枝松は水のきわに這い寄って、冷たい水を両手にすくってしたたかに飲んだが、総身はいよいよ燃えるようにほてって、眼がくらみそうに頭がしんしんと痛んで来た。彼はもう立って歩くことが出来なくなったので、杖をそこに捨ててしまった。蟹のように這ってあるいて、枯れた蘆やすすきの叢《むら》をくぐって、ともかく往来まで顔を出したが、彼はまた考えた。
「もういっそ、死んだがましじゃ」
 藻を失った悲しみと病いにさいなまるる苦しみを忘れるために、いっそこの水の底へ沈んでしまおうと、彼は咄嗟《とっさ》のあいだに覚悟をきめた。彼は再
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