に馴れたわしですらもその話を聞くと身の毛がよだって、わき眼も振らずに駈けぬけて通って来た。お身たちは年が若いで、物珍しさにその殺生石のそばへなど迂闊に近寄ろうも知れぬが、それは命が二つある人のすることじゃ。わしの意見を忘れまいぞ」
その親切な意見も耳に沁みないように、千枝太郎は大きい眼をかがやかして川むこうの空を眺めていた。師匠の泰親が見透した通り、彼は都の屋敷をぬけ出して、この東国まで遥々とさまよい下ったのであった。なんのためにここまでたずねて来たか。彼は玉藻が魔女であることをよく知っていた。彼はもうそれを疑う余地はなかった。異国から飛び渡った金毛九尾の悪獣が藻という乙女のからだを仮りて、世に禍いをなそうとしたのを、師匠の泰親に祈り伏せられて、三浦と上総とに射留められたのである。それをいっさい承知していながらも、彼はやはり昔の藻が恋しかった。今の玉藻が慕わしかった。
魔女でもよい。悪獣でもよい。せめて死に場所を一度たずねてみたい。――こうした思いに堪え切れないで、彼は師匠の家をとうとう迷い出た。寂しいひとり旅の日数も積もって、茅萱《ちかや》の繁った武蔵の里をゆき尽くして、利根の河原にたどり着いたときに、彼は陸奥から帰る金売りの商人《あきうど》に遇って那須野の怪しい物語を聞かされたのであった。しかし彼の心はその奇怪に驚かされるよりも、むしろ一種の心強い感じに支配されていた。玉藻はむなしくほろび失せても、その魂は石に宿って生けるように残っている。それが事実である以上、彼は果てしも知れない那須野ケ原にさまよって、そことも分からない玉藻の死に場所をあさり歩くには及ばない。彼女の魂のありかは確かにそこと見きわめられたのである。千枝太郎はわざわざたずねて来た甲斐があったように嬉しく感じた。
「いろいろのお心添え、かたじけのうござった」
彼はここで都へ帰る商人にわかれた。そうして再び北へむかって急いで行った。それから幾日の後に野州の土を踏んで、土地の人にきいてみると、殺生石のうわさは嘘でなかった。彼はわざと真夜中を選んで、那須野の奥へ忍んで行った。
十一月なかばの夜も更けて、見果てもない那須の篠原には雪のように深い霜がおりていた。物凄いほど高く冴え渡った冬の月が、その霜に埋められた枯れすすきを無数の折れた剣《つるぎ》のようにきらめかせているばかりで、そこには鳥の啼く声も
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