年の若い玉藻に敬意を表しているのを見ると、忠通はこの頃におぼえない愉快と満足とを感じた。この夏以来の気鬱《きうつ》も一度に晴れて、彼の胸は今夜の大空のように明るく澄み渡ってきた。
「玉藻、どうじゃ。みなもあれほどに言うているぞ、お身がまずその短尺に初筆《しょふで》をつけいでは……。予が披講する。早う書け」
玉藻はやはり打ち傾いていたが、やがて低い声で上《かみ》の句を口ずさんだ。
宿すべき池は落葉に埋もれて――
これだけ言って彼女は急に呼吸《いき》をのみ込んだ。彼女は逆吊るばかりに眼じりをあげて、衝《つ》と起ち上がって縁さきへするすると出ると、今までは気がつかなかったが、明るい月は俄に陰って、重い大空はこの世を圧《お》しつぶそうとするかのように暗く低く掩いかかって来た。難題を出して得意でいた人も、この難題に屈託していた人たちも、今更のように眼を働かせて陰った大空と暗い広庭とを眺めた。虫も声をひそめたようにその鳴く音を立てなかった。
玉藻はまじろぎもしないで、だんだんに圧《お》し懸かって来るような暗い空をきっと睨みつめていると、忠通も端《はし》近く出て、ただならぬ夜の気配をおなじく窺っていた。
「ほう、やがて夜嵐でも吹き出しそうな。この春の花の宴《うたげ》のゆうべにも、このような怪しい空の色を見たよ」
彼の予言は外《はず》れなかった。弱い稲妻が彼の直衣《のうし》の袂を青白く染めて走ったかと思うと、庭じゅうの草や木を一度にゆすって、おびただしい嵐がどっと吹き巻いて来た。大きい屋形は地震《ないふる》ようにぐらぐらと揺れるので、忠通は危うく倒れかかって玉藻の手をとった。
「物怪《もののけ》の仕業であろうも知れぬ。端《はし》近う出ていて過失《あやまち》すな」
引き立てられて、玉藻はよろめきながら元の座に戻った。しかも彼女は何物をか恐れるように、蒼ざめた顔を両袖に埋めてそこに俯伏してしまった。夜嵐はひとしきりでやんだらしい。それでも暗い空はいよいよ落ちかかって来て、なにかの怪異《あやかし》がこの屋形の棟の上に襲って来るかとも怪しまれた。
「侍やある。早うまいれ」と、忠通は高い声で呼び立てた。
宿直《とのい》の侍どもは庭伝いにばらばらと駈けあつまって来た。そのなかでも近ごろ筑紫から召しのぼされた熊武という強力《ごうりき》の侍が、大きい鉞《まさかり》を掻い込んで庭さき
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