をおびやかした怪しい上臈も、もしや玉藻ではないかという結論に到着した。
 それにしても、玉藻はなぜ三浦の娘をおびやかそうとしたのか。しかも小源二の物語から想像すると、彼女の振舞いはどうしても尋常《ただ》の人間ではないらしい。彼はさきの夜、犬の群れに取り囲まれた時の玉藻のおそろしい顔を思い出した。きのうの朝、陶器師の翁から聴かされた古塚参詣の怪しい女の姿を思い泛《う》かべた。これらの事実を綜合してかんがえると、かの古塚のあたりにさまよっている女も、三浦の屋敷に入り込んだ女も、すべて玉藻ではあるまいかとも思われた。彼はその実否《じっぷ》を確かめるために、今夜こそは小町の水の近所へ忍んで、怪しい光りを放っていく女の正体を見定めようと決心した。
 きょうも思わしいあきないもなしに、彼はいつもより早く帰った。そうして、夜の更けるのを待って、かの古い塚をつつんだ大きい杉の森の近所へ忍んで行った。雨気を含んだ暗い夜で、低い空の闇を破って啼いていく五位鷺《ごいさぎ》の声がどこやらで聞こえた。彼はふた※[#「※」は「日へんに向」、読みは「とき」、208−2]《とき》ほどもそこに立ち迷って、自分の眼をさえぎる何物かのあらわれるのを待っていたが、その夜はなんの獲物《えもの》もなしに帰った。
 あくる日、彼はかさねて京へ出て、三浦の屋敷の門前に立った。衣笠がその後の様子を知りたいので、彼は根《こん》よく門前にさまよっていると、顔を知っている家来の一人が出て来た。よび止めてそっと訊くと、その後には何の怪異《あやかし》もない。衣笠も無事である。三浦介はそのあやかしを鎮めるために蟇目《ひきめ》の法を行なっているとのことであった。それを聞いて千枝太郎はすこし安心したが、衣笠に逢えないで帰るのがやはり心さびしかった。彼は何物にか引き止められるような心持で、門前に暫くたたずんでいた。
 思い切ってそこを立ち去った彼は、さらに土御門の方角へ足を向けた。きのうの小源二の話で、師の泰親の無事であることが判ると共に、彼は俄に師匠がなつかしくなって、直きじきの対面は許されずとも、せめてよそながら屋敷の姿を窺って来たいと思い立ったのである。彼は屋敷の前に近づいて、忍ぶように内を覗くと、軒に張り渡された注連縄《しめなわ》が秋風に寂しくゆらいで、見おぼえのある大きい桐の葉が蝕《むし》ばんだように枯れて乾いて、折りおり
前へ 次へ
全143ページ中122ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング