匠でないのを知っているので、彼はすごすごとそこを立ち退いて昔の山科の家に戻った。
戻ってみると、叔父や叔母の老いの衰えが今さらのように彼の眼についた。千枝太郎は悲しくなった。師匠の勘当をうけて来た甥を叔父や叔母はさのみ叱りもしないで、かえって懐かしそうに迎えてくれたので、彼はいよいよ涙ぐまれた。足かけ五年のあいだ、師匠の教えをうけた学問はありながら、勘当された今の身の上では、それを表向きの職として世に立つことは出来ない。さりとてもう一人前の若い者が、手を袖にして叔父や叔母の厄介にもなっていられないので、差しあたっては昔の烏帽子折りに立ちかえって、ちっとでも叔父の手助けをしたいと彼は思った。叔父も喜んで承知した。千枝太郎はその以来、叔父と一緒に商売《あきない》に出ることもある。自分ひとりで出ることもある。こうしてもう小ひと月を送っているうちに、彼もだんだんに仕事に馴れて来て、朝に家《うち》を出て暮れ方に戻れば、きっと幾らかの銭を持って来るので、年をとった叔父や叔母はよい稼ぎ人の戻ったのを、むしろ喜んでいるくらいであった。
これがおれの運かもしれない。せめてこうしているあいだに精ぜい働いて、叔父や叔母に孝行を尽くそうと、彼もこの頃ではあきらめた。師匠のこと、玉藻のこと、それが胸いっぱいに支《つか》えているのを、彼は努めて忘れようとしていた。
きょうもそれをうっかりと考えていると、翁は日影がだんだん映《さ》しこんで来るのにまぶしくなったらしい。だるそうに立ちあがって入口の蒲《がま》すだれをおろした。
「千枝ま[#「ま」に傍点]よ。なにを思案している。叔父御や叔母御もお前が戻ったので喜んでいよう。むかし馴染みが帰って来てわしも嬉しい。これからは今までのように遊びに来ておくりゃれ。よいか。あれ、お見やれ。となりの門《かど》の柿の実は年ごとに粒が大きくなって、この秋も定めて美事に熟《う》れることであろうよ」
「そうであろうのう」
ここの門《かど》に立った時に、千枝太郎もすぐに隣りの梢を仰いだのであった。実がまだ青いので、そこに大きい鴉《からす》の影はみえなかったが、彼は藻と一緒になってその梢の憎らしい鴉を逐《お》った秋を思い出さずにはいられなかった。今も翁からそれを言い出されて、彼は蒲すだれの外をのぞきながら低い溜息を洩らした。
「月日のたつのは早いものじゃのう」
「ほ
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