牛はやがてのそのそと動き出して、轅《ながえ》は京の方角へむかって行った。
 と思うと、白羽の矢が一つ飛んで来て、青糸毛の車蓋《やかた》をかすめてすぎた。その響きにおどろかされて供の侍どもはあっと見かえると、二の矢がつづいて飛んで来て、その黒い羽は後廂《うしろびさし》の青いふさを打ち落として通った。
「や、遠矢《とおや》じゃ。さりとは狼藉……」
 立ちさわぐ侍どもを玉藻は簾のなかから制して、牛車の大きい輪は京をさして徐《しず》かに軋《きし》って行った。その青い影のだんだんに遠くなるのを見送りながら、山門のかげから頼長が出て来た。あとに続いて弓矢を持った二人の侍があらわれて、いずれも残念そうに唇を噛んでいた。玉藻がきょうの参詣を知って、頼長は先き廻りをして先刻からここに待ち受けていたのである。遠光は主人の内意をうけて、わざと玉藻のゆく手をさえぎって無理無体に喧嘩を仕かけ、関白家の供のものを追っ払った上で、玉藻をここで討ち果たしてしまおうという心組《こころぐ》みであった。頼長のそばには藤内太郎、藤内次郎という屈竟《くっきょう》の射手《いて》が付き添うていて、手にあまると見たらばすぐに射倒そうと、弓に矢をつがえて待ち構えていた。頼長は勿論、射手の二人も山門のかげに身を忍ばせていたのであるが、早くも玉藻に覚られたらしい。彼女はこちらの裏をかくようにあざけりの笑みをくれて、徐《しず》かにここを立ち去った。この機会を取り逃してはならぬと、頼長の指図で二人はすぐ牛車のうしろから射かけたが、二人ながら不思議に仕損じた。あわてて二の矢をつがえようとすると、弓弦《ゆづる》は切れた。牛車はそれを笑うように、輪の音を高く軋らせながら行き過ぎてしまった。
 眼《ま》のあたりにこのおそろしい神通力を見せられて、射手の二人も遠光も息をのんで立ちすくんでいた。頼長は一人で苛《いら》いらしていたが、驚きと恐れとに脅《おびや》かされている家来どもをいかに叱り励ましても、しょせんはその効はあるまいと思われた。
「悪魔めをこの山門内に踏み入れさせなんだが、せめてもの事じゃ」
 こうあきらめて頼長も宇治へ帰った。さきの雨乞いといい、きょうの待ち伏せといい、一度ならず二度までも仕損じた彼は、さすがに胸が落ち着かなかった。彼も悪魔の復讐を気づかって、その夜から宿直《とのい》の侍の数を増してひそかに用心していたが、
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