思うて、わしもこれまでいろいろに丹精してみたが、お身は執念《しゅうね》く怪異《あやかし》に憑《つ》かれている。お身のおもてに現われた死相はどうでも離れぬ。こう言うと、おのれの罪をひとにまぶし付くるようで甚だ心苦しいことではあるが、泰親が今度の祈祷を仕損じたも、五色にかたどった五人のうちにお身をまじえた為ではないかと疑わるる節《ふし》もある。かたがた、いつまでもここにおっては、泰親のためにもようない。お身のためには殊にようない。いったんは叔父のもとへ立ち戻って昔の烏帽子折りになって見やれ。そうして、つつがなく一年二年を送って、その禍いが去ったとみえたらば、再びもとの弟子師匠じゃ。憎うて勘当するのではない。しょせんはお身が可愛いからじゃ。むごい師匠と恨むまいぞ」
噛んでふくめるように言い聞かせて、泰親は幾らかの金をつつんで呉れた。千枝太郎はただ夢のようで、なんと言い返してよいかを知らなかった。彼はおのずと涙ぐまれた。
烏帽子折《えぼしおり》
一
「おとといのこと、頼長も近頃心外に存じ申すよ。泰親が一生に一度の祈祷《いのり》、よも仕損じはあるまいと頼もしゅう存じておったに、あの通りの体《てい》たらく……いや、さんざんじゃ」
堪えぬ憤りの声に失望の溜息をまぜて、頼長は自分と向かい合っている信西入道のおちつき顔を睨むように見つめた。信西はゆうべ泰親の使いの口上を受け取って、けさは早朝から宇治の左大臣頼長をたずねたのである。泰親がおとといの失敗に対して、頼長の怒りのおびただしいことは信西も大方推量していたが、その気色《けしき》の想像以上にすさまじいのを見て、彼もさすがに少しく躊躇した。しかしそのままに口を結んでは帰られないので、彼は朽葉《くちば》色の直衣の袖をかきあわせながら徐《しず》かに言い出した。
「その儀に就きましては、泰親もいこう無念に存じて、いかようのお咎めを受きょうとも是非ないと申しております」
「勿論のことじゃ。彼めが家の職を剥《は》ぎとって、遠国《おんごく》へ流罪申し付きょうと思うている。泰親にもそれほどの覚悟はあろう。たとい頼長が捨て置いても、兄の関白殿が免《ゆる》さりょう筈がない。まして兄のそばには、かの玉藻が付いている。しょせんは逃れぬ彼の運じゃ」と、頼長は罵るように言った。
「実は昨夜、泰親の使いとして、弟子の一人がそれがしの許《もと
前へ
次へ
全143ページ中104ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング