の祈祷をするもせぬも、しょせんはお師匠さまの心ひとつじゃ。又それを仕損じて、どのような怖ろしい罪科に陥ちようとも、しょせんはお師匠さまの自業自得《じごうじとく》じゃ。わたしはお前のお師匠さまに恨みこそあれ、恩もない、義理もない、由縁《ゆかり》もない。あの人がどうなろうとも構わぬが、唯くれぐれも案じらるるはお前のことじゃ。おまえはそもそもお師匠さまが大切か、わたしがいとしいか、それを聞きたい。お前の性根《しょうね》を確かに知りたい。それを正直に言うてくだされ」
その正直な返事をすることが、千枝太郎に取っては一生に一度の難儀であった。彼は自分自身にもそれが確かに判っていないのである。玉藻はしばらくその返事をうかがっていたが、相手は唯うつむいて土に映る二人の黒い影を眺めているばかりであるので、彼女はやがて低い溜息をつきながら言った。
「お前はどうでもお師匠さまの味方と見た。この上はもうなんにも言うまい。お師匠さまと一つになって、わたしを祈るとも呪うとも勝手にしなされ。じゃが、千枝ま[#「ま」に傍点]。わたしはあくまでもお前をいとしいものに思うている。お師匠さまにどのような禍いが降りかかっても、お前ばかりはきっと助けたいと念じている。それだけのことはよく覚えていてくだされ」
こう言い切って、彼女は明るい月をみあげた。きのうの稲妻に照らされた悽愴《ものすご》い顔とは違って、今夜の月を浴びた彼女の清らかな神々《こうごう》しいおもてには、月の精が宿っているかとも思われた。千枝太郎に師匠を疑う心がまた起こった。しかも別れてゆく女をさすがに抑留《ひきと》める気にもなれなかったので、彼はなんだか残り惜しいような心持でそのうしろ影を見送っていたが、やがて思い切って信西の屋敷の門をくぐった時には、彼の両袖は夜露にしっとりとしめっていた。
信西入道はすぐに逢ってくれた。千枝太郎が師匠の口上を取次ぐと、信西は案外にこころよく承知した。
「おお、さもあろうよ。一度は仕損じても、身命をなげうって二度の祈祷を心がくる――泰親としてはさもあるべきことじゃ。信西もそうありたいと願うていた。左大臣殿もおそらく同じ心であろう。あすにも直ぐに宇治へまいって、播磨守の願意は確かにそれがしが取次いでやる。さものうてもこのたびの仕損じに就いて、播磨守一人に罪を負わすは我々も甚だ快《こころよ》うないことじゃで、
前へ
次へ
全143ページ中100ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング