であるが、この場合に謹慎は当然のことである。その身の上で勝手に夜歩きをする。ひとに見咎められては申し訳がない。彼もしばらく黙って突っ立っていた。
「それ、お見やれ」と、玉藻はほほえんだ。「おまえは今夜このお屋敷へなにしに参られた。お師匠さまのお使いか」
 千枝太郎はやはり黙っていた。
「ほほ、言わいでも大抵知れている。そう思うて、わたしはさっきからここにお前を待っていた。一度は首尾して逢うてくれと、このあいだもあれほど頼んだに、お前はきょうまで素知らぬ顔をしている。それほどにわたしが憎いか。但しはお師匠さまと同じように、あくまでもわたしを魔性の者のように疑うているのか。お師匠さまはともあれ、山科の里で子供のときから一緒に育ったお前が、なんでわたしを疑うぞ。論より証拠はきのうの祈祷《いのり》じゃ。お前たちもお師匠さまと一つになって、悪魔調伏の祈祷をせられたが、あっぱれその効験《しるし》が見えましたか。もともと悪魔でもないわたしを百日千日祈ればとて呪えばとて、なんのしるしがあるものか、積もって見ても知らるることじゃ。関白殿は殊のほかの御立腹で、泰親はいうに及ばず、祈祷の壇にのぼった者は、一人も残さずに遠い鬼界ケ島《きかいがしま》へ流せと仰せられたを、わたしが縋ってなだめ申したは、お前という者がいとしいからじゃ。お師匠さまはわたしに取っては仇じゃが、そのお弟子のお前はいとしい。あけても暮れても硫黄《いおう》の煙りを噴くという怖ろしい鬼界ケ島、そのような処へお前をやらりょうか。のう、千枝ま[#「ま」に傍点]。わたしがこれほどの心づくしを、お前は哀れとも思わぬか、嬉しいとも思わぬか。ほんにほんに、むごい人、つれない人、憎い人、わたしは口惜しゅうて涙も出ぬ。察してくだされ」
 彼女は千枝太郎の胸に顔をすり付けて、遣《や》る瀬ないように身もだえして泣いた。男は女を抱《かか》えたままで、明るい月の下に黙って立っていた。
 関白殿から今までなんの沙汰もなかったのは、玉藻が内からさえぎっていたのであることを、千枝太郎は今初めて覚った。名を聞くさえも恐ろしい鬼界ケ島へ遠流――年の若い彼はさすがにぞっとした。それを救われたのは玉藻の情けであることを考えると、千枝太郎も情《すげ》なく彼女を突き放すことも出来なくなった。
 玉藻は果たして魔性の女であろうか――この疑いが又もや彼の胸に芽をふいた
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