き散らしたそうな。やい、食らい肥りの貧乏公家とは誰がことじゃ。おれの前で、もう一度確かに言え」
「そりゃ無体の詮議じゃ。われら夢にもさようなことを……」と、兼輔はあわてて打ち消そうとするのを、哮《たけ》り立った実雅は耳にもかけないで、嵩《かさ》にかかって又呶鳴った。
「ええ、なにが無体……。おのれは舌がやわらかなるままに、口から出るに任せてさまざまの雑言《ぞうごん》をならべ、この実雅を塵《ちり》あくたのように言いおとしめたことを、おれはみな知っている。ええ、今さら卑怯に言い抜けようとして、おれには確かな証人があるぞ」
「そのような喚讒《かんざん》を誰が言うた」
「おお、玉藻が言うた。おのれは今宵も無理無体に玉藻をここへ誘い出して、法性寺へ行こうでな。憎い奴め」
 実雅の拳《こぶし》は兼輔の頬を二つ三つ続けて打った。大力に打たれた兼輔は悲しい声をあげて、子供につかまれた子猫のように、相手の膝の下をくぐって逃げようと這いまわるのを、実雅は足をあげて鞠《まり》のように蹴倒した。こうした散ざんの手籠めに逢って、兼輔もさすがに無念であった。もう一つには、このまま彼の手に囚《とら》われていたら、果てはむごたらしいなぶり殺しに逢おうも知れまいという怖れもまじって、彼は足もとに転げている河原の小石をさぐり取って、相手の顔と思うあたりへ三つ四つ投げ付けた。そのうろたえる隙《すき》をみて、彼は飛び起きて逃げようとするのを、実雅はすぐに追い掛けて再びその襟髪を掴んだ。
 嫉妬と憤怒《ふんぬ》にのぼせているところへ、小石の痛い眼つぶしを食わされて、実雅はまったく眼がくらんでしまった。彼は再び恋のかたきを蹴倒して、腰に佩《は》いている衛府《えふ》の太刀に手をかけたかと思うと、闇にきらめいた切っ先は兼輔の烏帽子をはた[#「はた」に傍点]と打ち落として、その小鬢《こびん》を斜めにかすった。
「わッ、人殺しじゃ」
 その声の消えないうちに、二度目の太刀さきは兼輔の頸のあたりを横に払ったので、彼は息もせずにそこにぐたりと倒れた。実雅は片足でそれを二、三度揺り動かしてみたが、兼輔は石のように転《まろ》ばったままで、再び身動きをしそうもなかった。
「はは、もろい奴じゃ。おのれその醜態《ざま》で、実雅の悪口いうたか」
 彼は勝利の満足をおぼえると同時に、一種の不安と後悔とが急に湧き出して来た。死人に口なし
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