、泰親は叔父夫婦にも子細をうちあけて、彼を自分の弟子として取り立ててみたいと言った。都はおろか、日本《にっぽん》じゅうに隠れのない、名家の弟子のかずに入ることは身のほまれであると、千枝松は涙をながして喜んだ。叔父たちにも異存はなかった。
 禍いが却って福となった烏帽子折りの少年は、それから泰親の門に入って、天文を習った。卜占《うらない》を学んだ。さすがは泰親の眼識《めがね》ほどあって、年にも優《ま》して彼の上達は実に目ざましいもので、明けてようよう十九の彼は、ほかの故参の弟子どもを乗り越えて、やがては安倍晴明以来の秘法という悪魔|調伏《ちょうぶく》の祈りをも伝えらるるほどになった。彼は泰親が秘蔵弟子の一人であった。
 それほどの事情を詳しく知らないまでも、むかしの千枝ま[#「ま」に傍点]が今は千枝太郎泰清と名乗っていることが、玉藻に取っては意外の新発見であるらしかった。彼女はこの昔の友に対して、過去の罪を悔むような打ちしおれた気色《けしき》をみせた。
「のう、千枝太郎どの。お前はさぞ昔の藻を憎い奴と思うでござろうのう。わたしもまだその頃は幼な心の失《う》せいで、お宮仕えの、御奉公のと唯ひと筋にあこがれて、お前を振り捨てて都へ上《のぼ》ったが、くどくも言う通り御奉公は辛い切《せつ》ないもの、山科の田舎で気ままに暮らした昔が思い出されて、今更しみじみ懐かしい。お前とてもそうであろう。泰親殿は気むずかしい、弟子たちの躾《しつ》けかたもきびしいお人じゃと聞いている。朝夕の奉公に定めて辛いことも数《かず》かずあろう。出世の、果報のと羨まれても、それがなんの身の楽になることか。おたがいに辛いうき世じゃ」
 昔を忍ぶようにしみじみと託《かこ》たれて、千枝太郎もなんだか寂しい心持になった。女に対する年ごろの積もる怨みは次第に消えて、彼はいつかその人を憫れむようになって来た。彼はもう執念深く彼女を責める気にもなれなかった。
「父御《ててご》はあの明くる年に死なれたそうな」と、彼は声を沈ませて言った。
「おお、御奉公に出た明くる年の春の末じゃ。関白殿のお指図で典薬頭《てんやくのかみ》が方剤《ほうざい》を尽くして、いろいろにいたわって下されたが、人の命数は是非ないものでのう」と、玉藻も今更のように眼をうるませた。
「お師匠さまが山科の家の門《かど》に立って、これは凶宅じゃ、住む人の命は保
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