つの間にか玉藻のあでやかなる笑顔と変わっていた。阿闍梨は物に憑《つ》かれたようにわなわなと顫《ふる》え出した。彼はもう堪まらなくなって、物狂おしいほどの大きい声で弟子の僧たちを呼びあつめた。
「すこし子細がある。お身たち一度に声をそろえて高らかに観音経を唱えてくりゃれ」
大勢の僧は行儀よく居並んだ。読経《どきょう》の高い声は一斉に起こった。数珠の音もさらさらと響いた。それに誘い出されて、阿闍梨も共に声を張り上げようとしたが、彼の舌はやはりもつれて自由に動かなかった。彼の胸は不思議に高い浪を打った。
「蝋燭を増せ。香を焚け」
彼は苦しい声を振り絞ってまた叫んだ。蝋燭の数は増されて、須弥壇《しゅみだん》はかがやくばかりに明るくなった。阿弥陀如来の尊像はくすぶるばかりの香りの煙りにつつまれた。その渦まく煙りのなかに浮き出している円満|具足《ぐそく》のおん顔容《かんばせ》は、やはり玉藻の笑顔であった。阿闍梨は数珠を投げすてて跳り上がりたいほどに苛《いら》いらしてきた。彼のひたいからは膏汗《あぶらあせ》がたらたら流れた。
「銅鑼《どら》を打て。鐃鉢《にょうばち》を鳴らせ」
いろいろの手段によって漲《みなぎ》り起こる妄想を打ち消そうとあせったが、それもこれも無駄であった。あせればあせるほど、彼の道心《どうしん》をとろかすような強い強い業火《ごうか》は胸いっぱいに燃え拡がって、玉藻のすがたは阿闍梨の眼先きを離れなかった。日ごろ嘲り笑っていた志賀寺《しがでら》の上人《しょうにん》の執着も、今や我が身の上となったかと思うと、阿闍梨はあまりの浅ましさと情けなさに涙がこぼれた。庭の上にも阿闍梨の涙とおなじような雨がほろほろと降ってきた。
彼は法衣《ころも》の袖に涙を払って、もう一度恐る恐るみあげると、如来のお顔はやはり美しい玉藻であった。一代の名僧の尊い魂はこうして無残にとろけていった。
三
「きょうはきついお世話でござりました」
法性寺の門を出ると、玉藻は兼輔に言った。兼輔もきょうの首尾を嬉しく思った。
「頑固《かたくな》な叔父御もお身に逢うてはかなわぬ。まして初めから魂のやわらかい我らじゃ。察しておくりゃれ」
彼は玉藻に肩をすり寄せて、女の髪の匂いを嗅《か》ぐように顔を差しのぞいてささやくと、玉藻は顔をすこし赤らめてほほえんだ。
「又そのようなことを言うてはお
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