容易なことではないので、彼も途方にくれて窃《ひそ》かに溜息をついていると、遠い入口に待たせてあるはずの玉藻がいつの間にここまで入り込んで来たのか、板縁伝いにするりと長い裳《もすそ》をひいて出た。
兼輔はすこし驚いた。阿闍梨は眼を据えて、今ここへ立ち現われた艶女《たおやめ》の姿をじっと見つめていると、玉藻はうやうやしくそこに平伏した。
「はじめてお目見得つかまつりまする」
老僧は会釈もしなかった。彼はしずかに数珠を爪繰っていた。
「委細は左少弁殿からお願い申し上げた通りで、あまりに罪業《ざいごう》の深い女子の身、未来がおそろしゅうてなりませぬ。自他平等のみ仏の教えにいつわりなくば、何とぞお救いくださりませ」と、玉藻は哀れみを乞うように訴えた。
彼女は物詣でのためにきょうは殊更に清らかに粧《つく》っていた。紅や白粉《おしろい》もわざと淡《うす》くしていた。しかもそれが却って彼女の艶色を増して、玉のような面《おもて》はいよいよその光りを添えて見られた。堪えられぬ人間の悲しみを優しいまなじりにあつめたように、彼女はその眼をうるませて阿闍梨の顔色を忍びやかに窺ったときに、老僧の魂《たま》の緒《お》も思わずゆらいだ。彼は生ける天女のようなこの女人を、無下《むげ》に叱って追い返すに忍びなくなった。
「お身、それほどにも教化を受けたいと望まるるのか」と、阿闍梨は声をやわらげて言った。
玉藻は無言で手をあわせた。彼女の白い手首にも水晶の数珠が光っていた。
「して、これまでに経文《きょうもん》など読誦《どくじゅ》せられたこともござるかな」と、阿闍梨はまた訊いた。
もとより何のわきまえのない身ではあるが、これまで経文の片端ぐらいは覗いたこともあると、玉藻は臆せずに答えた。阿闍梨は試みに二つ三つの問いを出してみると、彼女は一いち淀みなしに答えた。さらに奥深く問い進んでゆくと、彼女の答えはいよいよ鮮かになった。いかに執心といっても所詮《しょせん》は女子である。殊に見るところが年も若い。自分たちが五十六十になるまでの苦しい修業を積んで、ようようにこのごろ会得《えとく》した教理をいつの間にどうして易《やす》やすと覚ったのか。阿闍梨は彼女を菩薩の再来ではないかとまでに驚き怪しんだ。世にはこうした女子もある。今までいちずに女人を卑しみ、憎み、嫌っていたのは、自分の狭い眼《まなこ》であったこ
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