聞けば決していい心持はしない。まして忠通と頼長とはその性格の相違から、うわべはともあれ、内心はたがいに睦まじい仲ではなかった。頼長が兄を文弱と軽しめていることは、忠通の耳に薄々洩れきこえていた。自分が氏の長者となったに就いては、器量自慢の頼長が或いは妬んでいるかもしれないという邪推もあった。きのうの饗宴にもすねたような風をみせて、碌々に興も尽くさずに中座したということも、忠通としては面白くなかった。それらの事情が畳まっているところへ、寵愛の玉藻からこの訴えを聞いたのである。忠通はもうそれを疑う余地はなかった。
「憎い奴」
 彼は腹のなかで弟を罵った。酔いの醒めない頭はぐらぐらして、烏帽子を着ているに堪えないほどに重くなってきた。現在の兄を蹴落としておのれがその位に押し直ろうとする、それが免しがたい第一の罪である。兄が寵愛の女を奪っておのれが心のままにしようとする、それが免しがたい第二の罪である。自体が温和な人でも、この憤りをおさえるのは余程むずかしそうに思われるのに、ましてこの頃はだんだんに志がおごって、疳癖《かんぺき》の募ってきたのが著しく眼に立つ折柄《おりから》である。忠通の胸は憤怒《ふんぬ》に焼けただれた。しかし彼が現在の位地《いち》として、さすがに一人の侍女《こしもと》の訴えを楯にして表向きに頼長を取りひしぐわけにもいかないのを知っているので、彼はあふるるばかりの無念をこらえて、しばらく時節を待つよりほかはなかった。
 やがて彼は玉藻をなだめるように言った。
「頼長めの憎いは重々じゃが、氏の長者ともあるべき我々が兄弟《けいてい》墻《かき》にせめぐは頼長のきこえが忌々《いまいま》しい。そちをなぶったも酒席の戯れじゃと思うて堪忍せい。予もしばらくはこらえて、彼が本心を見届けようぞ」
 玉藻をなだめるのは彼自身をなだめるのである。忠通はしいて寂しい笑顔をつくって、うつむいている女の黒髪を眺めていた。
「わたくしの堪忍はどのようにも致しまする。ただ、左大臣殿が、かりにも上《かみ》を凌ぐようなおん企てを懐かせられまするようなれば……」
「いや、その懸念は無用じゃ。彼は予を文弱と侮っているとか申すが、忠通は藤原氏の長者じゃ。忠通は関白じゃ。彼らがいかにあせり狂うたとて、予を傾けようなどとは及ばぬことじゃ。なんの彼らが……」
 忠通は調子のはずれた神経的の声を立てた。そう
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