かになって、自分たちの舟がもう余程遠く来ているのに気がついたが、それでも僕は頓着なしに漕いで行った。子供の時からここに育って、海には馴れているからね。そのうちに美智子さんはこんなことを言い出した。『一体、盂蘭盆の晩に舟を出しては悪いなんて、誰が言いはじめたんでしょうねえ。』僕はそれに答えて、前にいった通り『おそらく盂蘭盆の晩にはみんな内にいて、殺生の漁を休めというのでしょう。』と言うと、美智子さんは急に沈んだように溜息をついて『そんなことならようござんすけれど、番頭さんの言うとおり今夜海へ出るのは悪いんじゃないでしょうか。伝説だの、迷信だのといいますけれど、昔から悪いということは多年の経験から出ているんでしょうから……。』と、こう言うのだ。
ねえ、君。美智子さんは迷信家でもなければ、気の弱い人でもない、ふだんから理智的な、活溌な女性だ。それが禿あたまの番頭の口真似をするように、なんだか変なことを言い出したので、僕は少し不思議になった。今まで元気よく歌っていた人が急に溜息をついて憂鬱になって来たのだから、どうもおかしい。」
彼はこう言いかけて、自分も低い溜息をつきながら手に持っている
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