で、座蒲団などもある。衣裳|葛籠《つづら》がある。鬘がある。大小や編笠や鉄砲などの小道具がある。燭台や手あぶりの火鉢が幾つも置かれてある。薬鑵や茶道具などもある。何分にも狭いところに大勢が押合っているので、足の踏みどころも無いような乱雑の体《てい》たらくである。――江戸の末期、二月初旬の夜。

(座敷のまん中には忠臣蔵六段目の勘平に扮したる和泉屋の若い息子角太郎がうしろ向きに横たわっている。角太郎は半死半生で唸っているのを、店の若い者庄八と長次郎が介抱している。若い番頭和吉、二十四五歳、千崎弥五郎のこしらえで少しくあとに引きさがって眺めている。同町内の呉服屋のせがれ伊之助は原郷右衛門のこしらえ、酒屋のせがれ三蔵はおかやのこしらえで鬘だけを取り、同じくその傍にぼんやりと坐っている。そのほかに衣裳かづらの損料屋五助、顔師にたのまれて来た役者の三津平、店の若い者四五人と小僧二人、それらが立ったり坐ったりしてごたごたしている。)
[#ここで字下げ終わり]
庄八 まだお医者は来ないのか。
長次郎 誰かもう一度行って呼んで来い。
庄八 急に怪我人が出来ましたから、すぐにおいで下さいとよく云って来る
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