と顔をみあわせ、思わず持ったる財布を縁にばたりと落す。社のかげより十右衛門いず。)
[#ここで字下げ終わり]
十右衛 親分さん。計略がうまくいきましたね。
半七 途中で御相談した通りの段取りで、とうとうあいつを自滅させましたよ。
十右衛 さすがはお前さんのお腕前、まったく感心いたしました。これ、お冬。この親分さんが角太郎のかたきを見つけ出して下すったのだよ。よくお礼をいうがいい。
お冬 はい。ありがとうございます。
十右衛 これでわたくしも安心しました。いや、ありがとうございます。
お冬 ありがとうございます。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(二人は左右から半七に礼をいう。上のかたにて二三人の声きこゆ。)
[#ここで字下げ終わり]
声 身なげだ、身なげだ。
半七 もうやったか。気の早え奴だな。(上のかたに向いて。)だが、むやみに引揚げちゃあいけねえ。待った、待った。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(これにて舞台は真暗になる。)
[#ここで字下げ終わり]
(三)
[#ここから1字下げ]
舞台が再び明るくなると、正面は黒幕。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(幕の外に半七いず。)
[#ここで字下げ終わり]
半七 みなさん。和吉は裏の井戸へ身をなげて死にました。わたくしがあいつを縛っていくのは造作もありませんが、あすこから引きまわしの科人《とがにん》が出ることになると、和泉屋の古い暖簾に疵が附いて、自然これからの商売にも障りましょう。また本人の和吉とても引廻しやはりつけ[#「はりつけ」に傍点]の重い処刑になるよりも、いっそ一と思いに自滅した方がましだろうと思ったので、酔った振りをして、わざとああ云って嚇かしてやったのです。もう一つには、わたくしも確かにあいつを恐れ入らせるほどの立派な証拠を握っているわけでも無いのですから、まあ、手探りながら無暗にあんなことを云って見たので……。もし、本人になんにも覚えのないことならば、ほかの人達とおなじように唯聞き流してしまうでしょうし、もしも覚えのあることならば、とてもじっとしてはいられまいと、こう思ったのがうまく図にあたって、あいつもとうとう覚悟をきめたのです。
それから常磐津の師匠の文字清、あの女は御覧の通りの始末で、随分みんなを手古摺らせましたが、自分の思い違いだということがすっかり判って、ようようおとなしくなりましたから、どうぞ御安心ください。
それからもう一つ申上げて置きたいのは、わたくしもこれを御縁に、これから先も舞台の上で皆さんにちょいちょいお目にかかることがあるかも知れませんから、どうぞ三河町の半七の顔をよく覚えていて下すって、なにぶん御贔屓をねがいます。
じゃあ、今晩はこれで御免ください。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(半七は会釈して去る。)
[#ここで字下げ終わり]
[#地付き]――幕――
[#地付き](『岡本綺堂戯曲選集・7』青蛙房、59[#「59」は縦中横]・6)
底本:「文藝別冊[総特集]岡本綺堂」河出書房新社
2004(平成16)年1月30日発行
底本の親本:「岡本綺堂戯曲選集7」青蛙房
1959(昭和34)年6月
初出:「演劇・映画」
1925(大正14)年12月
入力:川山隆
校正:noriko saito
2008年5月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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