お冬はやはり啜り泣きをしている。そのいたましい姿を和吉はしばらく無言でじっと眺めていたが、やがて庭に降り立つ。)
[#ここで字下げ終わり]
和吉 じゃあ。きっと大事におしよ。
お冬 あい。(泣きながら。)おまえさんの親切は忘れませんよ。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(和吉は行きかけて躊躇し、また思い切って縁先へ引っ返して来る。この時、下のかたの八つ手のかげより半七がそっと姿をあらわし、和吉とお冬の様子をうかがいて再び隠れる。)
[#ここで字下げ終わり]
和吉 (あと先を見返りながら。)お冬どん……お冬どん。
お冬 え。どうかしたの。
和吉 (縁に腰をおろす。)いっそ何んにも云わずにしまおうかと思ったのだが、それではやっぱり気が済まない。(声をうるませる。)わたしは思い切って何もかもおまえの前で白状するから、どうぞ落着いて聴いておくれ。いいかえ。びっくりしないで聴いておくれよ。いいかえ。
お冬 (不審そうに。)そんなに念を押してどんなことを話すの。
和吉 どんなことと云って……。(だんだんに興奮して。)さあ、それだからびっくりしないで聴いてくれというのだ。これ、お冬どん。(声をふるわせる。)おまえは若旦那がどうして死んだのだと思っている。
お冬 舞台で使う勘平の刀がいつの間にか本身に取りかわっていて……。それはおまえさんもよく知っているじゃありませんか。
和吉 それはわたしも知っている。誰よりも彼よりもわたしが一番よく知っているのだ。
お冬 おまえさんは若旦那と一緒に舞台に出て、千崎弥五郎を勤めていたんだから。
和吉 いや、そんなことじゃあない。あの時に勘平の刀をすりかえた者があって、若旦那はとうとうあんなことになったのだ。その若旦那を殺した奴……。それをわたしが知っているのだ。
お冬 え、刀をすりかえて若旦那を殺した奴……。それをお前さんはほんとうに知っているのかえ。
和吉 (苦しそうに。)むむ、知っている。知っている。それをおまえに話そうというのだ。
お冬 (思わず寝床からいざり出る。)あの、おまえさんはほんとうに……。
和吉 むむ、知っている。
お冬 して、そ、それは、だ、だれですかえ。
和吉 え。
お冬 早く教えてくださいよ。(にじり寄る。)
和吉 (縁に手をつく。)お冬どん、堪忍してくれ。
お冬 え。
和吉 主殺しの大悪人はわたしだ。この和
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