みあわせる。)
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伝兵衛 (小声で。)もし、どうしたものでございましょうね。
十右衛 (顔をしかめる。)どうも飛んだ人を連れて来てしまった。まあ、仕方がないから、暫くこのままにしてそっと置くよりほかはあるまいよ。正気なら真逆《まさか》にこうでもあるまいが、なにしろ酔っているのだから手の着けようがない。
弥助 (おなじく小声で。)それにほかの人とは違いますからね。
十右衛 そうだ、そうだ。それだから猶さら始末が悪い。眼のさめるまでまず斯うして置け。(人々に。)みんなももう用はないから、ここには構わずにめいめいの仕事をしなさい。
一同 はい、はい。
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(庄八、長次郎をはじめ、若い者等は皆それぞれに分れて去る。伝兵衛は帳場に戻り、弥助も帳面と十露盤を取る。)
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十右衛 どれ、奥へ行って旦那やおかみさんに逢って来ましょうか。まったく飛んだ人を連れて来て、みんなにも気の毒なことをしてしまった。わたしも悪気でしたことではないから、まあ堪忍してください。
伝兵衛 どうも恐れ入ります。
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(十右衛門は寝ている半七をみかえり、そこに脱いである羽織を取って半七の上に着せかけ、そのまま奥に入る。和吉は半七の枕もとにある茶盆と湯呑をそっと取りにゆき、その寝顔をじっと眺めて、やがてしずかに奥へゆく。半七は少しく身を起して、そのうしろ姿を見送る。)
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伝兵衛 (気がついて。)おお、親分。お目ざめでございますか。
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(半七は無言で再びごろりとなる。九つの時の鐘きこゆ。)
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弥助 もう石町《こくちょう》の九つか。
伝兵衛 朝からなんだかごたごたしていたので、馬鹿に午《ひる》が早いようだ。
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(下のかたより常磐津文字清が取り乱した姿でかけ出して来るのを、おくめと幸次郎が追っていず。)
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おくめ おまえさん、まあ、お待ちなさいよ。
幸次郎 冗談じゃあねえ。おめえに滅多なことでもされて見ろ。おれ達が親分にどんなに叱られるか知れねえ。
文字清 いいえ、構わずに放してください。
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