のだぞ。
小僧一 あい、あい。(下のかたへ出てゆく。)
伊之助 小僧さんひとりが行ったのじゃあ判らないかも知れない。誰か若い衆さんをやったらどうだね。
長次郎 じゃあ、いっそわたしが行って来ましょう。(起ちかかる。)
三蔵 正直に若旦那が大怪我をしましたからと云った方がいいかも知れないぜ。
庄八 そうだ、そうだ。怪我人は若旦那だと正直に云った方がいいよ。
長次郎 わかった、わかった。
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(長次郎はあわてて出てゆく。)
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三津平 なにしろ飛んでもないことになったものだね。
五助 どうしてこんなことになったのか、夢のようでさっぱり判らねえ。
三津平 わっしにも判らねえ、どうも不思議だよ。魔がさしたのかも知れねえぜ。
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(下のかたの襖をあけて、和泉屋の主人与兵衛、四十七八歳、あわただしくいず。)
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与兵衛 もし、せがれがどうしました。
伊之助 思いもよらないことが出来《しゅったい》して、みんなも呆気《あっけ》に取られているばかりです。
与兵衛 一体どうしたというのだ。
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(与兵衛は角太郎のそばに寄りて覗く。)
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与兵衛 これ、角太郎。急病でも起ったのか、これ、角太郎……。どうしたのだ。
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(角太郎は答えず、ただ唸っている。下のかたより和泉屋の女房おさき、あわてていず。)
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おさき 今夜の六段目は大変に出来がよかったと云って、みんなも感心して見ていたら、中途から角太郎が急に倒れたのでびっくりしました。(与兵衛に。)どこが悪いのですえ。
与兵衛 ただ苦しそうに唸っているばかりで判らないのだ。(庄八に。)おい、こりゃあどうしたのだね。
庄八 へえ。(他の人々と顔をみあわせる。)
おさき (のぞく。)おお、大変に血が流れているようだが……。
与兵衛 これは勘平が切腹の糊紅《のりべに》だよ。
三津平 それが旦那、糊紅でないのですよ。
与兵衛 え。
五助 若旦那はほんとうに腹を切ったのでございます。
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(与兵衛もおさきもおどろく。)
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与兵衛 なに、
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