あとで自分も切腹したんでしょう。」
「お前のような唐茄子《とうなす》頭を二つや三つ斬ったところで、なにも切腹するにゃ及ぶめえ。」と、中間らは笑った。
 金兵衛はしきりにその侍であることを主張していたが、彼もその相手の人相や風俗を見届けてはいないのであるから、しょせんは水かけ論に終るのほかはなかった。しかし彼の主張がまんざら根拠のないことでもないという証拠の一つとして、その侍の刀の刃がよほど零《こぼ》れていたという噂が伝えられた。彼は相手の兜を斬り得ないで、却って自分の刀の傷ついたのを恥じ悔《くや》んで、いさぎよくその場で自殺したのであろうと、金兵衛は主張するのであった。
 どういう身分の人か知らないが、辻斬りでもするほどの男がまさかにそれだけのことで自殺しようとは思われないので、万一それが金兵衛の兜を斬った侍であったとしても、その自殺には他の事情がひそんでいなければならないと認められたが、その身許は結局不明に終ったということであった。
 いずれにしても、それは邦原家に取って何のかかり合いもない出来事であったが、その兜について更に新しい出来事が起った。
 それからふた月ほどを過ぎた十月の
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