割《なしわ》りにされたんです。」
「馬鹿をいえ。おまえの頭はどうもなっていないじゃあねえか。」
 押し問答の末に、更にその兜をあらためると、成程その天辺に薄い太刀疵のあとが残っているらしいが、鉢その物がよほど堅固に出来ていたのか、あるいは斬った者の腕が鈍《にぶ》かったのか、いずれにしても兜の鉢を撃ち割ることが出来ないで、金兵衛のあたまは無事であったという事がわかった。
「まったく一《ひと》太刀でざくりとやられたものと思っていました。」と、金兵衛はほっとしたように言った。その口ぶりや顔付きがおかしいので、人々は又笑った。
 それが奥にもきこえて、隠居の勘十郎も、主人の勘次郎も出て来た。
 金兵衛はその日、下谷御成道《したやおなりみち》の同商売の店から他の古道具類と一緒にかの兜を買取って来たのである。その店はあまり武具を扱わないので、兜は邪魔物のように店の隅に押込んであったのを、金兵衛がふと見付け出して、元値同様に引取ったが、他にもいろいろの荷物があって、その持ち抱えが不便であるので、彼は兜をかぶることにして、月の明るい夜道をたどって来ると、図《はか》らずもかの災難に出逢ったのであった。最
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