筈で、たとい生きていたとしても非常の老人になっていなければならない。それとも一種の遺伝で、この兜に因縁のあるものは皆その眼の下に痣を持っているのかも知れない。
 その以来、邦原君の細君《さいくん》はなんだか気味が悪いというので、その兜を自宅に置くことを嫌っているが、さりとてむざむざ手放すにも忍びないので、邦原君は今もそのままに保存している。そうして、往来をあるく時にも、電車に乗っている時にも、左の眼の下に小さい痣を持つ女に注意しているが、その後まだ一度もそれらしい女にめぐり逢わないそうである。
「万一かれが五十年前の人であるならば、僕は一生たずねても再び逢えないかも知れない。」
 邦原君もこの頃はこんな怪談じみた事を言い出すようになった。どうかその届け主を早く見付け出して、彼の迷いをさましてやりたいものである。



底本:「鷲」光文社文庫、光文社
   1990(平成2)年8月20日初版1刷発行
初出:「週刊朝日」
   1928(昭和3)年7月
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:松永正敏
2006年10月31日作成
青空文庫作成ファイル:
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