《かやぶ》き家根をみつけて駈け込んだ。
「彰義隊の者だ。日の暮れるまで隠してくれ。」
この場合、忌《いや》といえばどんな乱暴をされるか判らないのと、ここらの者はみな彰義隊に同情を寄せているのとで、どこの家でも彰義隊の落武者を拒《こば》むものは無かった。ここの家でもこころよく承知して、勘次郎を庭口から奥へ案内した。百姓家とも付かず、店屋《てんや》とも付かない家《うち》で、表には腰高《こしだか》の障子をしめてあった。ここらの事であるから相当に広い庭を取って、若葉の茂っている下に池なども掘ってあった。しかしかなりに古い家で、家内は六畳二間しかないらしく、勘次郎は草鞋《わらじ》をぬいで、奥の六畳へ通されると、十六、七の娘が茶を持って来てくれた。その母らしい三十四、五の女も出て来て挨拶《あいさつ》した。身なりはよくないが、二人ともに上品な人柄であった。
「失礼ながらおひもじくはございませんか。」と、女は訊いた。
朝からのたたかいで勘次郎は腹がすいているので、その言うがままに飯を食わせてもらうことになった。
「ここの家《うち》に男はいないのか。」と、勘次郎は膳に向いながら訊いた。
「はい。娘と二人ぎりでございます。」と、女はつつましやかに答えた。その眼の下に小さい痣《あざ》のあるのを、勘次郎は初めて見た。
「なんの商売をしている。」
「ひと仕事などを致しております。」
飯を食うと、朝からの疲れが出て、勘次郎は思わずうとうとと眠ってしまった。やがて眼がさめると、日はもう暮れ切って、池の蛙《かわず》が騒々しく鳴いていた。
「もうよい時分だ。そろそろ出掛けよう。」
起きて身支度をすると、いつの間に用意してくれたのか、蓑笠《みのかさ》のほかに新しい草鞋までも取揃えてあった。腰弁当の握り飯もこしらえてあった。勘次郎はその親切をよろこんで懐ろから一枚の小判を出した。
「これは少しだが、世話になった礼だ。受取ってくれ」
「いえ、そんな御心配では恐れ入ります。」と、女はかたく辞退した。「いろいろ失礼なことを申上げるようでございますが、旦那さまはこれから御遠方へいらっしゃるのですから、一枚の小判でもお大切でございます。どうぞこれはお納めなすって下さいまし。」
「いや、そのほかにも多少の用意はあるから、心配しないで取ってくれ。」
彼は無理にその金を押付けようとすると、女はすこしく詞《こと
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