それが負傷兵であることは、その白い服装をみてすぐに判りました。ふたりは釣竿を持っているのです。負傷もたいてい全快したので、このごろは外出を許されて、退屈しのぎに山女を釣りに出るという話を、松島さんから聞かされているので、この人たちもやはりそのお仲間であろうと想像しながら、わたくし共も暫く立ちどまって眺めていますと、やがてその一人が振り返って岸の方を見あげました。
「やあ。」
それは松島さんでした。
「釣れますか。」
こちらから声をかけると、松島さんは笑いながら首を振りました。
「釣れません。さかなの泳いでいるのは見えていながら、なかなか餌《えさ》に食いつきませんよ。水があんまり澄んでいるせいですな。」
それでも全然釣れないのではない。さっきから二|尾《ひき》ほど釣ったといって、松島さんは岸の方へ引っ返して来て、ブリキの缶のなかから大小の魚をつかみ出して見せてくれたので、親戚の者もわたくしも覗《のぞ》いていました。
その時、わたくしは更に不思議なことを見ました。それがこのお話の眼目《がんもく》ですから、よくお聞きください。松島さんがわたくし共と話しているあいだに、もう一人の男の人
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