U温泉へ来て、むかしの夢をくり返すのを唯ひとつの慰めといたしておりますような訳でございます。
 その後は鰻を食べないかと仰しゃるのですか――。いえ、喜んで頂きます。以前はそれほどに好物でもございませんでしたが、その後は好んで食べるようになりました。片眼の夫がどこかに忍んでいて、この鰻もその人の手で割《さ》かれたのではないか。その人の手で焼かれたのではないか。こう思うと、なんだか懐かしいような気がいたしまして、御飯もうまく頂けるのでございます。
 しかしわたくしも今日《こんにち》の人間でございますから、こんな感傷的な事ばかり申してもいられません。自分の夫が鰻に呪われたというのは、一体どんなわけであるのか、自分でもいろいろに研究し、又それとなく専門家について聞合せてみましたが、人間には好んで壁土や泥などを食べる者、蛇や蚯蚓《みみず》などを食べる者があります。それは子供に多くございまして、俗に虫のせいだとか癇《かん》のせいだと申しておりますが、医学上では異嗜性《いしせい》とか申すそうで、その原因はまだはっきりとは判っていませんが、やはり神経性の病気であろうということでございます。それを子供の
前へ 次へ
全34ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング