れていましたが、その顔はたしかに秋夫君で、右の耳の下に小さい疵《きず》のあるのが証拠です。わたしは直ぐに店にはいって行って、不意に秋夫君と声をかけると、その男はびっくりしたように私の顔を眺めていましたが、やがてぶっきら棒に、そりゃあ人違いだ、わたしはそんな人じゃあないと言ったままで、すっと奥へはいってしまいました。何分ほかにも連れがあるので、一旦はそのまま帰って来ましたが、どう考えても秋夫君に相違ないと思われますから、取りあえずお知らせに来たんです。」
松島さんがそう言う以上、おそらく間違いはあるまい。殊にうなぎ屋の店で見付けたということが、わたくしの注意をひきました。もう日が暮れかかっているのですが、あしたまで待ってはいられません。わたくしは両親とも相談の上で、松島さんと二台の人車《くるま》をつらねて、すぐに北千住へ出向きました。
途中で日が暮れてしまいまして、大橋を渡るころには木枯しとでもいいそうな寒い風が吹き出しました。松島さんに案内されて、その鰻屋へたずねて行きますと、その職人は新吉という男で五、六日前からこの店へ雇われて来たのだそうです。もう少し前に近所の湯屋へ出て行った
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