って、三里あまりも離れた隣りの町へ引移って、相変らず外交の仕事に歩き廻っていたのですが、例の大風雨の後、近所の川の渡し船が増水のために転覆して、船頭だけは幸いに助かったが、七人の乗客は全部溺死を遂げた。土地の新聞はそれを大々的に報道していましたが、その溺死者の一人に氷垣明吉の名を発見した時、わたしは何だかぞっ[#「ぞっ」に傍点]としました。但し、それは人形を焼いた当日でなく、その翌日の午前中の出来事でした。」
 わたしは息を嚥《の》んで聴いていた。わたしの友人に二人の妹があって、それが流行病で同時に仆《たお》れたという話はかつて聴かされたが、その死に就いてこんな秘密がひそんでいることを、今夜初めて知ったのである。それは流行病以上の怖ろしい最期であった。
「その当時、わたしはコダックを携帯していたので、その怪獣を撮影して置きたいと思ったのですが、遺族の手前、まさかにそんな事も出来ないので、そのままにしてしまいました。」と、博士は言った。



底本:「鷲」光文社文庫、光文社
   1990(平成2)年8月20日初版1刷発行
初出:「オール讀物」
   1934(昭和9)年7月
入力:門田
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