けにもいかず、座敷牢へ押しこめて置くわけにもいかず、困りながらも其のままにして置くと、いつの間にか泊り客と関係する。旅芸人と駈落ちをして又戻って来る。親泣かせというのは全くあの娘たちのことで、どうしてあんな人間になったのか判りませんよ。」
「普請の出来あがる前までは、ちっともおかしなことは無かったのですな。」
「御承知の通り、あすこの兄さんは手堅い一方のいい人です。娘たちもそれと同じように、子供の時からおとなしい、行儀のいい生れ付きであったのですから、本来ならば姉妹ともに今頃は相当のところへ縁付いて、立派なお嫁さんでいられる筈《はず》なのですが……。貧乏人の娘なら、いっそ酌婦にでも出してしまうでしょうが、あれだけの家では世間の手前、まさかにそんな事も出来ず、もちろん嫁に貰《もら》う人もなし、あんなことをしていて今にどうなるのか。考えれば考えるほど気の毒です。昔から魔がさすというのは、あの娘たちのようなのを言うのでしょうよ。」
現にこの盂蘭盆《うらぼん》にも、姉妹そろって踊りの群れにはいって、夜の更けるまで踊っていたばかりか、村の誰れかれと連れ立って、そこらの森の中へ忍び込んだとか、堤《どて》の下に転げていたという噂《うわさ》もある。その噂のまだ消えないうちに、妹娘は又もや保険会社の若い男と浮かれている。あの氷垣という男は毎年一度ずつはここらへ廻って来て、曽田屋を定宿《じょうやど》としているので、姉とも妹とも関係しているらしいという噂を立てられている。なんにしても困ったものだ、親たちは気の毒だと、老いたる小使は繰り返して言った。
今夜の釣り場は町からよほど距《はな》れていると見えて、これだけの話を聴き終るまでに其処《そこ》らしい場所へは行き着かなかった。人家のまばらな田舎道のところどころに、大きい櫨《はぜ》の木が月のひかりを浴びて白く立っているばかりで、川らしい水明かりは見当らなかった。
どこまでも此の人たちと連立って行くことは出来ない。私はもうここらで引っ返そうと思いながら、やはり一種の好奇心に引摺られて歩きつづけた。
「その普請の前後に、なにか変ったことはなかったのですか。」と、わたしはまた訊いた。今までおとなしかった娘たちの性行が、普請以後にわかに一変したというのは、何かの子細ありげにも思われたからであった。
「普請の前後に……。」と、小使は少し考えていたが、別に思い出すようなこともなかったらしい。
「普請中にも変ったことはなかったようだ。まあ、あの一件ぐらいだな。」と、書記は笑いながら言った。
「なんだ、あんなこと……。あははははは」と、小使も笑い出した。
「あの一件とは……。どんな事です。」と、わたしは重ねて訊いた。
「なに、詰まらない事ですよ。」と、若い書記はまた笑った。
「曽田屋の別棟は五間《いつま》ぐらいですが、ほかにも手入れをする所が相当にあるので、七、八人の大工が絶えず入り込んで、材木の切り組から出来《しゅったい》までには三月以上、やがて四月くらいはかかりましたろう。それは一昨年《おととし》の三月頃から五、六月頃にかけてのことで、その仕事に来た大工はみな泊り込みで働いていたんです。そのなかに西山――名は何というのか知りませんが、とにかく西山という若い大工がまじっていました。年はまだ十九とか二十歳《はたち》とかいうんですが、小僧あがりに似合わず仕事の腕はたいへんに優れていて、一人前の職人もかなわない位であったそうです。それが西山という姓を名乗ってはいますが、実は朝鮮人だともいい、又は琉球人の子で鹿児島で育ったのだともいう噂があって、当人に訊いてもはっきりした返事をしないので、まあどっちかだろう、ということになっていました。見たところは内地人にちっとも変らず、言葉は純粋の鹿児島弁でした。色の蒼白い、痩形《やせがた》の、神経質らしい男でしたが、なにしろ素直でよく働き、おまけに腕が優れているというんですから、親方にも仲間にも可愛がられていました。曽田屋の人たちも可愛がっていたそうです。
すると、あしかけ三月目の五月頃のことでした。さっきから問題になっている曽田屋の娘、お政とお時の姉妹が寺参りに行くとかいうので、髪を結い、着物を着かえて、よそ行きの姿で普請場へ行ったんです。母の身支度の出来るのを待っている間に、なに心なく普請場を覗《のぞ》きに行ったんでしょう。その時はちょうど午《ひる》休みで大工も左官もどこへか行っていて、あの西山がたった一人、何か削り物をしていたんです。姉妹もふだんから西山を可愛がっているので、傍へ寄って何か話しているうちに、どういう切っ掛けで何を言い出したのか知りませんが、要するに西山がふたりの娘にむかって、突然に淫《みだ》らなことを言い出したんです。いや、言い出したばかりでなく、何か怪《け
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