けにもいかず、座敷牢へ押しこめて置くわけにもいかず、困りながらも其のままにして置くと、いつの間にか泊り客と関係する。旅芸人と駈落ちをして又戻って来る。親泣かせというのは全くあの娘たちのことで、どうしてあんな人間になったのか判りませんよ。」
「普請の出来あがる前までは、ちっともおかしなことは無かったのですな。」
「御承知の通り、あすこの兄さんは手堅い一方のいい人です。娘たちもそれと同じように、子供の時からおとなしい、行儀のいい生れ付きであったのですから、本来ならば姉妹ともに今頃は相当のところへ縁付いて、立派なお嫁さんでいられる筈《はず》なのですが……。貧乏人の娘なら、いっそ酌婦にでも出してしまうでしょうが、あれだけの家では世間の手前、まさかにそんな事も出来ず、もちろん嫁に貰《もら》う人もなし、あんなことをしていて今にどうなるのか。考えれば考えるほど気の毒です。昔から魔がさすというのは、あの娘たちのようなのを言うのでしょうよ。」
現にこの盂蘭盆《うらぼん》にも、姉妹そろって踊りの群れにはいって、夜の更けるまで踊っていたばかりか、村の誰れかれと連れ立って、そこらの森の中へ忍び込んだとか、堤《どて》の下に転げていたという噂《うわさ》もある。その噂のまだ消えないうちに、妹娘は又もや保険会社の若い男と浮かれている。あの氷垣という男は毎年一度ずつはここらへ廻って来て、曽田屋を定宿《じょうやど》としているので、姉とも妹とも関係しているらしいという噂を立てられている。なんにしても困ったものだ、親たちは気の毒だと、老いたる小使は繰り返して言った。
今夜の釣り場は町からよほど距《はな》れていると見えて、これだけの話を聴き終るまでに其処《そこ》らしい場所へは行き着かなかった。人家のまばらな田舎道のところどころに、大きい櫨《はぜ》の木が月のひかりを浴びて白く立っているばかりで、川らしい水明かりは見当らなかった。
どこまでも此の人たちと連立って行くことは出来ない。私はもうここらで引っ返そうと思いながら、やはり一種の好奇心に引摺られて歩きつづけた。
「その普請の前後に、なにか変ったことはなかったのですか。」と、わたしはまた訊いた。今までおとなしかった娘たちの性行が、普請以後にわかに一変したというのは、何かの子細ありげにも思われたからであった。
「普請の前後に……。」と、小使は少し考えていた
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