いり》して眼が醒めると、何だか頭が重いような、呼吸《いき》苦しいような、何とも云われぬ切ない心持がするので、若《もし》や瓦斯《ガス》の螺旋《ねじ》でも弛《ゆる》んでいるのではあるまいかと、取《とり》あえず寝台《ねだい》を降りて座敷の瓦斯を検査したが、螺旋には更に別条なく、また他《た》から瓦斯の洩《も》れるような様子もない、けれども、何分《なにぶん》にも呼吸《いき》が詰まるような心持で、終局《しまい》には眼が眩《くら》んで来たから、兎《と》にかく一方の硝子《ガラス》窓をあけて、それから半身《はんしん》を外に出して、先《ま》ずほっ[#「ほっ」に傍点]と一息ついた。今夜は月のない晩であるが、大空には無数の星のかげ冴えて、その星明《ほしあかり》で庭の景色もおぼろに見える、昼は左《さ》のみとも思わなかったが、今見ると実に驚くばかりの広い庭で、植込《うえこみ》の立木は宛《まる》で小さな森のように黒く繁茂《しげ》っているが、今夜はそよ[#「そよ」に傍点]との風も吹かず、庭にあるほどの草も木も静《しずか》に眠って、葉末《はずえ》を飜《こぼ》るる夜露の音も聞《きこ》えるばかり、いかにも閑静《しずか》な夜であった。併《しか》し私はただ閑静《しずか》だと思ったばかりで、別に寂しいとも怖いとも思わず、斯《こ》ういう夜の景色は確《たしか》に一つの画題になると、只管《ひたすら》にわが職業にのみ心を傾けて、余念もなく庭を眺めていたが、やがて気が注《つ》いて窓を鎖《と》じ、再び寝台《ねだい》の上に横になると、柱時計が恰《あたか》も二時を告げた。室外の空気に頭を晒《さら》していた所為《せい》か、重かった頭も大分に軽《かろ》く清《すず》しくなって、胸も余《よ》ほど寛《くつろ》いで来たから、そのまま枕に就いて一霎時《ひとしきり》うとうと[#「うとうと」に傍点]と眠ったかと思う間もなく、座敷の中《うち》が俄《にわか》にぱッ[#「ぱッ」に傍点]と明るくなったので、私も驚いて飛び起《お》きる、その途端に何処《どこ》から来たか知らぬが一個《ひとり》の人かげが、この広い座敷の隅の方からふらふら[#「ふらふら」に傍点]と現われ出た。
これには私で無くとも驚くだろう、不思議の光、怪しの人影、これは抑《そ》も何事であろうと、私は再び床《とこ》の上に俯伏《うつぶ》して、窃《ひそ》かに其《そ》の怪しの者の挙動を窺っている
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