火薬庫の哨兵も司令部の人たちも、一旦は見あやまったのでしょう。して見ると、狐が大尉に化けたのではなく、弟が大尉に化けたのらしい。その弟がなぜまた夜ふけに火薬庫の付近を徘徊していたのかそれはよく判りません。それが戦争中であるのと、本人がよくない人間であるのと、この二つを結びあわせて考えれば、大抵は想像が付くように思われます。弟が突き殺されてしまったところへ、兄の大尉が駈けつけて来て、いっさいの事情が明白になった結果、大尉の同情者の計らいで、その死体がいつの間にか狐に変って、何事も狐の仕業《しわざ》ということになったらしい。大尉の家からこっそり運び出された白木の棺も、仏壇に祀られていた新しい位牌も、すべてその秘密を語っているのではありますまいか。こうしてまず世間をつくろって置いて、大尉も弟の罪を引受けて職をなげうった――。いや、これはみんな私の想像ですから、嘘かほんとうか、もちろん保証は出来ません。向田大尉のためにはやはり狐が化けたことにして置いた方がいいかも知れません。狐が化けたのなら議論はない。人間が化けたとなると、いろいろ面倒になりますからね。」



底本:「蜘蛛の夢」光文社文庫、
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