坡を連れて逃げる望みもないとあきらめて、彼女はここを死に場所に選んだのであろう。お照がみずから滑り込んだのであれば勿論、たとい染吉が引摺り込んだとしても、事情が事情であるから死刑にはなるまい。しかも彼女は思い切って恋のかたきの跡を追ったのである。
 鏡は青銅でつくられて、その裏には一双の鴛鴦《おしどり》が彫ってあった。鑑定家の説によると、これは支那から渡来したもので、おそらく漢の時代の製作であろうということであった。漢といえば殆んど二千年の昔である。そんな古い物がいつの代《よ》に渡って来て、こんなところにどうして埋められていたのか、勿論わからない。さらに不思議なのは、染吉もお照もおなじ夢を見せられて、その鏡のために同じ終りを遂げたことである。弁天さまに対して恋の願掛けなどをしたために、そんな祟りを蒙ったのであろうと、花柳界の者は怖ろしそうに語り伝えていた。実際わたし達にもその理屈が判らないのであるから、迷信ぶかい花柳界の人々がそんなことを言いふらすのも無理はなかった。殊にその鏡の裏に鴛鴦が彫ってあったということも、この場合には何かの意味ありげにも思われた。
 冬坡は一応の取調べを受けた
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